第17話

文字数 1,669文字

夕暮れから降り出した冷たい雨が瞬く間に雪に変わり、薄らと道路や歩道を白く染めていた。溝口遙の三回忌が間近に迫った、二月上旬五嶋聖治は上下グレーのスーツにトレンチコートを羽織り北新地本通り沿いの高級クラブ『翡翠』に凍えながら徒歩で向かっていた。この雪のせいで道路は、渋滞が起き始めており天候の急変に微弱な都会が顔を覗かせていた。
 二年前、溝口遙が撃たれてから、聖治たち大阪政道会の複数の幹部達は復習の標的を至誠会会長『徳重正也』に絞り彼が立ち寄りそうな場所を血眼になって探し回っていた。しかし、一年前程前に若頭補佐の高木海斗が、徳重が北新地の高級クラブ『CLUB翡翠』と『CLUB冬華』に不定期ながら、一年に数回立ち寄る事を突き止めてきた。高木によれば情報の元は相手との約定により明かせないとの事だが情報に信憑性は確かだという。聖治達幹部は情報の裏取りと襲撃の為の前進基地として、南森町のビジネス街にマンションを確保し、そこに、武器や資材を運び入れた。本来ならばもう少し新地に近いJR梅田駅周辺や淀屋橋辺りに基地を構えたかったが、梅田や淀屋橋は人通りも多く、また、警察の重点警邏地区に指定されている上に至誠会の枝の組織も 多く拠点を構えており、ここで動き回ることは利益にならないと読んだ。聖治は南森町の拠点から、一ヶ月に一度の割合で影村と偽名を名乗り「翡翠と冬華」に顔を出して徳重や桑木の情報を集めていた。両倶楽部のホステスによれば至誠会の関係者や幹部達は、確かに利用する物の、肝心の徳重会長は滅多には来ないという事だったが、しかし、ゼロでは無く過去には何度も利用していた。聖治達大阪政道会の幹部五人はチームを二つに分け、常時南森町のアジトに詰めていた。聖治は会長の溝口斉加と組み、高木、島内、占部の三人で一チーム編成していた。聖治は更に十三にアパートを借りて『冬華』でホステスとして働いていた、大江香穂と一緒に暮らし始めていた。躊躇は有ったものの香穂の一途さに押され拒否することが出来なかった事もあるが何より彼女の持つ魅力に引き込まれて行く自分を抑えきれなかった。
 徳重会長の車は黒のVOLVOでこの北新地に出入りする富裕層の中でもかなり珍しくすぐに認識が可能だった。が、しかし、当然ながら、防弾使用の特注品で、先ず車に乗っている以上はどんな攻撃も無駄足だと思われた。大阪政道会のメンバーが北新地に張り付いてから、至誠会の幹部および徳重会長は何度か同店を訪れて居たが、その時はメンバーで彼らの新地での習慣を探るために敢えて襲撃は控えた。その結果、至誠会や徳重会長が北新地に来訪するときには、お気に入りの二つの店を用途に応じて使い分けていることが解った。『冬華』を利用するときは、配下の組織の組長連中や同盟関係にある組織関係者など大人数で利用することが主でボディーガードも多く目立つために警察の関与も招きやすい、その為、『冬華』での襲撃は困難と判断した。それに引き換え『翡翠』を利用する時は、徳重会長のプライベートでの利用が主流らしく、会長の専用車VOLVO1台での来訪だ。車一台ならボディーガードは多くても二人運転手を入れても最大で 三人に過ぎない、手薄な状態となり聖治達ヒットマンにも十分な勝機があると思われ、襲撃は『翡翠』と決定した。会長を乗せた車は西の四つ橋筋から新地本通りに侵入すると、店の前を一旦通り過ごしそのまま、御堂筋まで出て再び『上通り』もしくは『船大工通り』を経由して再び『翡翠』の前まで帰ってくるというルーティンをほぼ毎回繰り返した。更に店の前で車を停車させて会長とボディーガードを降ろすと車は近くの駐車場に向かった。帰路につくときも、先ず、運転手の組長が車を駐車場まで、取りに行き店の前まで回送するという手順を踏んだ。車が回される間、徳重会長は『翡翠』の入るビルの四階から降りてきて一階入り口の回転扉の前まで出て店のママやホステス達と雑談を楽しんでいた。『殺るならガードが手薄なここや』聖治達ヒットマンは心に誓った。
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