第13話

文字数 3,530文字

「おっと、すまんな、少しお喋りが過ぎたは、あんたには関係あらへん、どうでもええ話しをしてしもうたな、後の話は福祉センターの中でしようか、個室もあるしクーラーもあるで」立花は言うと香月を急かして公安セクションの二人組が陣取る福祉センターの入り口へ向かった。中へ入ると入り口の正面に置かれた自動販売機の前に立花が向かい香月に声をかけた。「どれが、ええ、つまらん話しをしてしもうたお詫びに、今度は俺がごちそうするは」言いながら立花は千円札一枚を料金入れに挿入した。「すみません、では、遠慮なくブラックでお願いします」立花に香月が答えた。自動販売機のカップが落ち二人分の飲み物が抽出している間、香月は物珍しさも手伝い福祉センター内部の様子を観察した。「ほな、行こか」ブラック・コーヒーを香月に渡し案内するように立花が香月の前を歩いた。引き戸になった入り口のドアに『二番懇談室』と書かれた、スチール製のドアプレートが張られている部屋に入いった。内部は四畳半ほどの広さにシンプルに机と椅子が二脚向かい合う形で置かれ、机の上にはアルミ製の、やや、大ぶりの灰皿が置かれてあった。「まあ、煙草でも吸うてや」立花が香月にすすめ自分も一本取り出すと火を付けた。
「さて、ほな、続きやな」立花が煙草の煙を吐き出しながら言った。
「元々、早田組は、大坂の浪速区界隈に根を張る、老舗の伝統的な博徒の組や、主なシノギは雀荘やポーカー賭博、それを、複数店営業してる、それと、店数は少ないが風俗産業やね、古くからやっている事もあり、早田組の店は客筋もようて、動くときは一晩で数百万近い銭が上がったそうや、早田組はそのシノギと運営を傘下の『大阪政道会』の溝口に管理させてたんや、これに対して、当時の松永組は至誠会の直参に取り立てて貰ったばかりの新参者で、至誠会に対して大きな貢ぎ物を探していたんや、そんなとき目を付けたのが、早田組の優良なシノギやな、これをそっくりそのまま、至誠会に献上出来たら会の中の自分たちの立場も大きくなれると踏んだ訳や、実際に至誠会は全くの実力主義で会への上納金の額が序列に大きく関わって来る。ここでは、『年功序列』は意味を持たへんねん」立花が言った。
「松永組の連中は、先ず、準構成員(チンピラ)を使い大阪政道会の雀荘やポーカー賭博所に嫌がらせをかけた。居あわせた堅気さんを脅したり警察へのたれ込みをチラつかせたり、元々喧嘩を吹っ掛けるつもりやから、やりたい放題や。大阪政道会の方も事を荒立てなく無いからな、当初は嫌がらせに現れたチンピラになんぼか包んで丁重に返してたんやが、それに気をよくした松永組の嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。そして、とうとう、堪忍袋の緒が切れた大阪政道会の若いのが、そのチンピラを拉致してリンチを加えたんや、やられた松永のチンピラは生きるか死ぬかの重傷や、せやけど、これは、松永組にしてみたら願ってもない事やった。最初からこうなる事を見込んでやってるんやからな。これ幸いに大阪政道会に幹部の詫びと多額の賠償金それと大阪政道会の上部組織の早田組にシマの割譲を申し入れたんや」立花は事の筋道を丁寧に香月に聞かせた。「酷い話しですね。もう少し、仁義とか礼儀とか有っても良さそうですけど」驚きながら香月が返した。「極道の世界にそんなもの元々あらへんねん。映画の見過ぎや」立花が笑った。「ノンフィクション・ライターさんがそんなんじゃあアカンやろ」立花が重ねて言った。言われた香月は、ムッとしたが、立花に対して持論を展開する。「かなり、以前の話しになりますけどある、極道の組長さんがテレビのドキュメンタリー番組でこう言う事を言われていました。「極道の文字について、極道と言う文字は、『極める道』と書くこの『道』という文字が入っている以上は、極道も世間様に対して何らかの善行を施して行かなければいけない。しかし、現在の極道には、そう言ったものはない、単なる『暴力団』に成り下がっていると。やはり以前はそういった物があったのではないですか?」香月は昔テレビで見て、少なからず心を動かされた事を告げた。「それに、神戸で地震が起こった時も、何処よりも早く被災した市民に炊き出しを行ったのは、確か地元の極道組織でした。行政よりも極道が早かったと話題にもなりました」香月が言った。「それは、そうやったな、あんたの言う通りや、あんな極限の時には、極道だの堅気だのの敷居は無くなるのかもしれへんな、まっ!、彼らにも血が流れていると言うことやね。人間と言うことやね」立花が少し驚いた顔で吸っていた煙草を灰皿に押しつけもみ消すと新しい煙草に火を付けて言った。
「話しを戻そうか、松永組との争いが持ち上がったとき、大阪政道会側と松永組の双方は端っから、戦争を覚悟して準備に入っていたんや。詫びの話しなんか単なる時間稼ぎ、手打ちなんて考えてはおらんかったんやが、上層部の早田組は違った。至誠会の、と、ある大物幹部を通じて、事件勃発直後から早々と此方も松永組の上層部の至誠会の桑木若頭に手打ちを持ちかけたんや、これには、大阪政道会ばかりか松永組も自分たちの面子を潰されたと激怒した。上部組織が下部組織の頭越しに手打ちの段取りに入った最中に、松永組が大阪政道会の事務所に拳銃二発を打ち込む事件が起こり、時を於かずして、今度は、大阪政道会側が松永組の事務所に同じく銃弾二発を打ち込んだ、これには、至誠会の桑木若頭が激怒して、この時点で手打ちはお流れになったんや」立花は煙草の煙を吐き出すと、カップのコーヒーを飲み干した。
「そして、あの、二月、『天王寺襲撃事件』が起こり、大阪政道会会長の溝口遙が殺された」此処まで説明すると立花はコーヒーが入っていた紙カップを手に取ると席を立ち入り口に向かった。「飲み物のお代わり買いに行くけど、あんたも飲むか?」紙カップを入り口のゴミ箱に捨てるとドアを開けながら香月に声をかけた。「僕も行きます」香月も紙カップを持ち立ち上がり立花の後を追った。冷たい飲みのもを手に部屋に帰ってくると、立花は再び話しの続きを話し始めた。「会長の『溝口遙』を殺された、大阪政道会の幹部は四十九日法要の際、復習のターゲットを松永組組長『松永勝司』または、若頭の『望月涼治』から、事もあろうに至誠会会長の『徳重正也』に変更したんや、まずかったのはこの時、自分たちを差し置いて勝手に手打ちを行おうとした、早田組には報告を上げなかったことや、もしも、報告をしていれば至誠会会長襲撃なんて、早田組は愚か日本全国どの組織でも許可なんかせえへんやろうからな。溝口斉加にしてみれば、ある意味確信犯やったわけや、その決意の硬さは人数分用意された『武神を祀る石清水八幡宮』のお守りに、溝口遙の遺骨を忍ばせてその場にいた幹部全員で共有したことでもわかる。それからのことは、幹部全員で海外に渡り拳銃の扱いについて学んだとか学ばないとか、複数の噂が流れたが、本当のところは俺にもわからへんねん、そしてあの事件が起こった」言い終わると立花は大きく息を吐いて言った。「俺の話はここまでやな、期待に応えられたかどうかはわからへんけど」「いいえ、十分です。有り難うございました」香月が礼を言った。「まっ!、また、なんかあったら遠慮なしに言うてや、お宅金払いええから、次回からは上得意様でリストに載せとくで」上機嫌で立花が軽口を叩いた。
「それでは、これで失礼します」香月は席を立つと入り口へと向かった。「ちょっと、駅まで送るは」香月の後を立花が追ってきた。二人は建物の外に出ると駅に向かい肩を並べて歩き始めた「あそこが、境やね」駅に方向へ目をやりながら立花が呟いた。「とっ、言いますと」訝るように香月が訪ねた。「一言で言えば、日常と非日常や、今駅から出てきたスーツ姿のサラリーマンさんのこっち側を見る態度、あれは、ええ印象を持っているとは、お世辞にも言えへんのんちゃうかな。要は上見て暮らすな下見て暮らせや、自分たちの立ち位置はさておいて自分たちよりも、明らかに劣る者弱い者を見つけて軽蔑して叩いて、日頃のウサを晴らすさっき俺が『ガス抜き』といったんは、そう言うことや、こういう所は世界中にある。支配層に取ってみれば都合のええ所かもしれへんな」立花の声からは増悪とも怒りとも違う得体の知れない何かが感じられたが、それが何なのかは今の香月には知るよしも無かった。立花が境と言った駅の入り口まで来ると、香月はもう一度念入りに礼を述べて立花に別れを告げた。駅の時計は、間もなく午前八時三十分になろうとしていた。
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