第19話

文字数 1,474文字

「噂をすれば、影や」エリが不服そうに口にした。「・・・・・」聖治は答えずに無言だったが、鋭い目は、至誠会会長、徳重正也を捉えて放さなかった。「どないしたの、怖い顔して」聖治の様子が変わった事に気付いたエリが、遠慮がちに話し掛けてきた。「済まんの、トイレや」聖治は、己の中の獣を押さえる為に、咄嗟にエリに言った。
 トイレの洗面所で蛇口を一杯に捻り冷たい水で顔を洗い、スマホを取り出すと履歴からアジトへ電話を入れた。呼び出し音が何回か鳴り、斉加が出た。「小包来たで、小包は四つや」スマホの向こうの斉加に言った。「ほんまか、解った。すぐに、島内と占部を行かす、着いたらワン切りさせるから、携帯をマナーモードにしときや」驚き興奮しながらも、押さえるように小声で斉加が言った。
 トイレから出て席に戻ると、ママが聖治を待っていた。「誠に申し訳ありませんが、エリちゃんを他のお客様の元へ移動させましたので、ご了承ください」済まなさそうに腰を折り聖治に詫びた。「かまへんよ、俺も、今、帰ろう思うとったし、時間掛かるやろ」聖治が言う。「徳重様は大抵は二時間ぐらいのご滞在でございます」ママが聖治に返す。「長いの、やっぱり今日はお暇するわ」聖治が重ねて言った。「お気に障りましたら、重ねてお詫び申し上げます。本当に申し訳ありません」聖治を引き留めることが出来ないと判断したママが深々と再度、腰を折り重ねて詫びた。ママの顔が上がらないうちに聖治は背中を向けると勘定場に向かい勘定を済ませ店の外へ出た。エレベーターの下りのボタンを押し、一階のフロアへと移動し、その場のソファーに腰を沈めた。煙草を取り出し火を付けると、一杯にニコチンを深くふかく肺に送り込み天井へ向けて大きく煙を吐き出した。ゆっくりと、煙草を楽しむと聖治は灰皿に煙草を落とした。立ち上がり、ビルの入り口の回転扉から屋外へ出てみた。後ろを振り返り回転扉から、もう一度フロアへ入ってみる。何度か、その動作を繰り返し回転扉が回転するときのスピードを今一度自分の感覚にたたき込んだ。と、その時、控えめのモーター音と弱めのバイブレーションの振動が聖治のポケットから、体に伝わった。スマホの画面を確認するでもなく聖治はそこから外へ出た。聖治の目の前に黒塗りのバンが停止すると、スライドドアが中から開き、島内が顔を出すと、聖治に乗るように手招をした。「徳重の野郎は中か!」興奮気味に島内が言った。「ああ!、今、入ったところや、店の人間の話しやと、二時間位は、居るらしいわ」出かけに聞いたママの話しを島内と運転手の占部に伝えた。「ほうか、ほな、今のうちに着替えを済ませといてや」島内が走り出した車の車内で聖治にボストンバッグを手渡した。聖治は受け取ると、スーツとトレンチコートという、いでだちから黒色のGパンと、黒のスタジアムジャンパー、にスニーカー、更に黒いマスクと大きめの、つばのついたキャップに着替えた。「ほれ、道具や」言うと島内は聖治にオート式の拳銃と九発の弾丸が装填されたマガジンを渡した。聖治は受け取るとマガジンを銃に差し込み撃鉄をスライドさせて一発の弾丸を薬室に送り込み、安全装置を掛け腰のホルスターに直した。「とりあえず、一時間ぐらいその辺を流しましょうか?」運転手の占部が緊張気味に言った。「嗚呼!、」返事をした聖治は喉が今まで経験したことが無いぐらいに、乾ききっていることに気付いた。「とりあえず、飲み物、調達しよか」聖治の様子に気付いた島内が言った。聖治らを乗せた車は一旦、北新地の敷地を後にした。 
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