第38話

文字数 1,656文字

流海と別れた香月は、梅田駅へと引き返し、私鉄の京都線に乗車して、大阪と京都の県境に近い街で降りた。ホームから急いでタクシー乗り場へと移動すると客待ちのタクシーに乗車して、この街で一番大きな総合病院へ行くように告げた。

 香月を乗せたタクシーが病院の入り口に滑り込んでくる。後部座席のドアが開き素早く支払いを済ませると降車して入り口正面の総合案内所に向かった。

「十四時からの、面会を予約しております。別冊ノンフィクションの香月と申します」案内所の職員に告げた。

「はい、面会予約の方ですね、暫くお待ち下さい」言うと職員は目の前のパソコンで予定の確認作業に入った。その、作業が進むにつれて職員の表情に変化が現れた。彼女は香月の面会相手の素性を知っている。まっ、当然と言えば当然の事だが、やはり、緊張はするのだろうと香月は職員の反応を見て思った。

「お待たせしました、十四時からの、御面会のご予約確かに承っております、只今、先方に確認いたしますので。今暫く、後ろのお席で掛けてお待ちください」香月が言われるままに後方へ移動しかけると、彼女は先ず上司を呼び出して確認し、その後に先方部屋へと繋いだ。心なしか上司の表情がひきっつているように、香月には見えた。

「別冊ノンフィクションの香月様、お待たせ致しました先方様との確認が取れましたのでご案内致します。一階の受付までおいで下さい」呼び出しの場内アナウンスが流れ香月は掛けていたソファーから立ち上がると先ほどの総合案内所よりも建物の奥側の受付に向かった。

「別冊ノンフィクションの香月です」受付まで来ると職員に素性を明した。

「只今、職員が降りてきますので、其方の指示に従って下さい」職員が告げた。

「お待たせしました、御案内致します。どうぞ、此方へ」受付で待っている香月にエレベーターで降りてきた男性の職員が声を掛けてきた。香月は言われるままに職員の後に続いた。

 最上階の貸し切りのフロアーにエレベーターが着きドアが開くと、香月の真正面に上下黒のスーツを着た、体格のいい四十絡みの男が立っていた。身長は百七十五センチはあるだろうか、比較的大柄な男だ。目元はサングラスで隠し髪は短髪で整え、香月の目線に視線を合わせるような仕草を見せる、男の醸し出す獣のようなオーラとも殺気とも取れる迫力に香月は飲まれて行く自分が自覚出来た。緊張のため身動きが出来ない香月がその場に立ち尽くしていると男は香月の心中を見透かしたように薄笑いを浮かべながら、身体を返すとエレベーターから降りるように手招きをしてみせる。

「それでは、私は、此処で失礼します」香月を案内してくれた職員はエレベーターから降りることは無く、『開く』のボタンを押したまま香月に言った。その、声は、明らかに怯えているようだった。『無理も無い』胸の奥で香月は呟いた。

「ありがとう」案内してくれた職員に礼を言い、香月はエレベーターを降り、男の前に立った。
 
「此方へ、どうぞ」男が始めて声を発して香月に着いてくるように促した。フロアには男の他に、二カ所の非常階段に一人ずつと部屋の前に一人、そして、多分病室の中にも一人と、計四人のボディーガードが香月の取材目的の人物を守っているものと思われる、先を歩く男について行き病室の前にたどり着いた。

「失礼します」言うと、病室の前に立っていた別の男が、香月の身体に金属探査機を当て反応が無いとみると、今度は香月の身体を触り念入りに検査を始めた。

「失礼しました」検査が終わり異常が無いと見ると、男は香月に詫びてこの病院の『特別病室』と書かれた部屋の重厚な扉を開けて、香月に中に入るように促した。香月は指示のままに病室の内部へと歩を進めた。

「一人かい」

 部屋の中へ入った香月に、地の底から沸いてきたような重低音の声が語り掛けてきた。凄まじいまでの迫力が香月の全身を覆い、今にも逃げ出したい衝動に駆られるた。この、取材で香月が大阪政道会の五嶋聖治と同じか、それ以上に惹かれた男が、今、香月の目の前に現れた。 
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