第9話

文字数 2,441文字

朝の光が窓の外から差し込み、二人が向かい合うテーブルを照らしていった。。それを待っていたかのように街は動き出した。福祉センターの前にその日一日の糧を求める多くの日雇い労働者が集まり、彼らを目当てに雇い主達がトラックで乗り付け、指でその日の日当を示している。
 少し離れた駅の方へ目を移すと、早朝の時間にも関わらず背広を着たサラリーマンの姿も見えた。「こんな時間からほんと、お疲れさんやな。」
 男が、パンを口に頬張りながら呟いた。「何時も思うは、あいつら、どんな生活してんねんやろな、安いやすい給料でこきつかわれてんねんで」窓の外から、スーツ姿のサラリーマン達を指さし、嘲るように男が笑った。
「朝も、早から生真面目に汗だくになって働いている奴に金持ちなんておらへんで。そう言う奴に限ってみんな貧乏たれや、あんたも、そう思うやろ」男が香月に同意を求めてきた。
「それは、そうだと思います。私も含めてですけど」香月が自嘲気味に返した。
「リスクそれさえ覚悟できればな、生活なんかガラッと変わるんや、この国の教育はそれに挑むことは教えへん。アメリカ人は、リスク資産の株や債券に投資して大きなものを手に入れるけど日本人は貯金一辺倒や、銭は増えんわな」男の言葉からは、ある種の歯がゆささえ感じられた言いながら男は、口の中のパンをコーヒーで喉の奥に押し込んだ。
「さて、本題に入ろうか。そや、溝口を襲った襲撃犯が乗っていた車の件、大阪政道会の連中の耳に入るようにブン屋を使って、それとなしに吹き込んだのは、俺や、大きな声ではいえんけどな、ま、しかし、もう、ええやろ」香月が聞く前に男が認めた。
「何故ですか。退職したとは言え貴方も、元刑事ですよね。立花警部」香月が男の名前を口にした。
「その名前二度と言ったらあかんど。俺はここでは『ビリケンさん』で通とんねん。こう言う商売ではな、本当の名前なんかより、あだ名の方が大きな意味を持つんや、ええな」
 名前を呼ばれた男が気色立ち、香月の言葉に鋭い視線を投げ掛け毒づいた。
「見てみいな」男が再び窓の外を見るように香月に促し、香月もそれに従った。
 
「俺も昔はこの街で刑事として働いた。時には体を張り時には、命をかけて、でもな、それで得られる報酬は僅かや、このドヤ街は現役の時からよう利用させて貰った。情報源としては最高の場所やで、あそこで日雇いの雇い主と交渉してる男な、元は、東大卒の学者さんやで。その隣でかたちんばのサンダル売ってる奴は、元一流商社マンでアメリカで勤務していた奴や、その他にもここには俺のような元刑事や筋者、元幹部自衛官と色んな奴がおる。理由は様々や。そして外の奴らにその日につれて行かれる職場でも真っ当な所もあればヤバイ所もある。此処に居れば情報が入って来る、ここばかりやない東京の山谷や横浜の寿町、全国にはこう言うところがごまんとある。そこから上がってくる情報はなええ銭になんねん、俺はそれに気づいたんや」立花が言った。
「確かにそうでしょう。しかし、それとリークの件は関係ないと思いますけど」質問をはぐらかされたと感じた、香月が食い下がる。

「ま、そう言いなや、せっかちやな自分、貰った銭の分は言うがな」上から目線で立花が言った。その言葉には何か得体の知れない増悪のようなものが感じとれた。
「では何故リークした理由は?」香月は再度訪ねたが、立花の気迫に香月は背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。
「至誠会の会長の首狙ってたんは何も、大坂政道会だけやないねん。関東や広島はじめ全国にはには反至誠会の組織が仰山ある。そう言う連中からすれば原因はなんでもええねん。もし、自分の手を汚さずに徳重会長か桑木若頭を殺れたら最高や。なんでか言うたら、至誠会からの返しを気にせんでええさかいにな。俺はそう言う連中の願いを叶える手助けをしただけや、ま!只ではないけどな、只ではな」立花が言った。
「ええか、極道には二通りある、いや、至誠会だけは異質やな」ニヤけながら立花が言う。
「どう言う事です?」意味が飲み込めない、香月が返した。
「元々の極道は、博徒と言ってな、自分たちの昔からの縄張りを守ることに専念して、他の組の縄張りにはよほどのことがない限り手出しはしない」立花が言った。
「余程の事とはどう言う事ですか?」香月が、問い返した。
「それは、他の組の縄張りで抗争などが持ち上がり、放置しておくと自分の組にも類が及ぶ時や、それ以外は滅多なことでは他の組織に此方から戦争を仕掛けることはは無い。ま、専守防衛と言うやつやな」香月の目を見て話していた立花が視線を再び窓の外に移した。
「至誠会は違うんですか?」外を見る立花に対して、香月が問うた。
 窓の外を見ていた、立花が視線を香月の方へ戻して、内ポケットから新しい煙草を取り出し火を付け、煙を天井に向け吐き出しながら言った。
 
「至誠会の二代目、徳重正也会長が初代から組を引き継いだ時は、配下の組員は僅かに数十人やったんや、確か、二十人から多くても三十人くらいやで、初代の息子さんが、極道になることを嫌った為と言うのが理由みたいやけどな。しかし、それからの、徳重さんは、今信長を名乗り『全国布武』を宣言して、積極的に抗争を仕掛けたり、または、他の組同士の抗争に介入したり、ありとあらゆる手段で硬軟を織り交ぜながら、対立していた組を至誠会に吸収併合していった。その結果が、今現在の直参組長百人、構成員、末端の準構成員(チンピラ)まで入れると一万人を優に超える日本一の巨大組織に膨れ上がっていったと言うことや。あの人は、たとえ極道以外の道に入っても、必ずその世界で名を残していたやろな」遠くを見るような目で立花が呟くように言った。

「だから、居ない方が、ありがたいと言うことですか」香月が言った。
「ま、そう言うこちゃ。その手のカリスマは、他の組織からしたら、ごっつうじゃまやねん」香月の言葉に相槌を打つように立花が頷いた。
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