第26話
文字数 1,869文字
「早く!はやく!」恋人同士と覚しき男女の女が連れの男性の手を引き、ライトアップされ夜の闇に浮かび上がる観覧車の方へ向かって急いでいた。『ドン!ッ』いきなり、岩のように硬い物にぶっかった。「痛い!」女が叫んだ、「走ったら、危ないで」女がぶっかったのは百八十センチは優に超えているであろう大男だった。「すみません。エッ」謝ろうと顔を上げた女が驚きの声をあげた。礼服に、黒のネクタイ、サングラス、左の頬に深い傷跡があり言いようのない殺気を孕んでいた。「本当にごめんなさい」女が再度謝った。「もう、ええし、早よう、行き」大男が無表情で言った。日曜日の午後七時、近くのショッピングモールの営業終了時間まで後一時間足らずとあって、多くの家族連れやカップル、少ないが仕事帰りのサラリーマン等で混雑している。「やっぱり、並んでるやん、貴方がドン!やから」息を切らしながら走ってきた先程のカップルの女性が叫んだ。「そんなに、並んでへんやん」嫌々をするように女性に着いてきた男が不服そうに訴えた。観覧車乗り場の最後尾に並んで一息つくと、脇のベンチでくつろぐ三人家族が目に止まった。「俺は高いところあかへんから、子供と一緒に乗ってきいな」父親のダミ声が聞こえた。「そんなん、違う、あんた本当にこんなんしててええの大丈夫なん」母親らしき女性の声が漏れ聞こえた。「なんや、あそこの、家族連れ、来ないな所で喧嘩してるで」面白そうに男が女に話し掛けた。「もう、辞めとき、悪趣味やなー・ー」窘めるように女が言った。ベンチの父親は、子供の頭を撫でながら「俺は、幹部言うたかて、早田の三次団体の人間や、此処までは追うてけえへんやろ」と言いながら母親の肩を叩いた。「そんなら、ええけどな!ほなら、この子が乗りたがってるさかい、ちょっと、いってくるわ」母親が父親に言った。程なくして五才ぐらいだろうか幼児の手を引いて母親が観覧車乗り場の方へ歩いて行った。「お母さん、早く乗りたい」子供が母親を急かした。「ダメやで、並ばんと」母親がむずがる幼児を宥めた。「あッ!お先にどうぞ」先に並んでいたカップルの女性が急かされて困惑している母親に先に行くように手招きして順番を譲った。「そんなん、いいです。申し訳ないです」譲られた母親が右手を顔の前で左右に振りながら辞退した。「いえいえ、ドウゾどうぞ」女性は引き続き先に行くように促した。「すみません、では、お言葉に甘えさせて頂きます。あなたもお姉ちゃんにお礼を言って!」母親が子供に催促した。「お姉ちゃん、有り難う」満面の笑みで幼児が女性に礼を言った。母親と子供を乗せたゴンドラの扉が従業員の手で閉じられると、ゴンドラは乗り場を離れ星空へと向かい動き出した。ゴンドラの窓から子供が嬉しそうに微笑んで、此方に手を振りかけて来るのが確認できる。父親は二人が乗ったゴンドラに手を振り返した。二人を見送ると父親はアルミ製のウイスキーの携帯ボトルを取り出し、一口煽り口元を拭った。「フーッ!」男は一息つき星空を見上げた。「早田組、天保一家、三島興業の三島さんじゃね」不意に、暗がりから話しかけれた。声の方へ視線を移すと礼服姿サングラスの黒ずくめの大男が立っていた。『誰ッ!』三島と呼ばれた男は声を出そうとしたが男の醸し出す得体の知れないオーラに飲まれ、恐怖で体が硬直して言葉が出ない、次の瞬間、グロテスクな微笑みを浮かべた男が懐から黒光りする金属を取り出し、それを体の前に出し両手で三島の方へ向けた。『ヤメッ!・・・』金属の正体を見止めた三島が言葉にならない言葉を発した。『パーンー』次の瞬間、乾いた銃声が響き渡り『キーンッ!』と空の薬莢が地面で弾け金属音を響かせた。『アガ!ッ』ベンチごと後方へ倒れ込んだ三島が右手を男の方へ向け、恐怖に歪んだ顔で命乞いをする。が、しかし、大男は、口元に薄ら笑いを浮かべ倒れた三島を上から見下ろし、冷淡に銃を向け冷たい引き金を引いた『パーンーッ!』さっきと同様に乾いた銃声が八度にわたって、その場の空気を引き裂いた。『ゴー・ーンーオオーン』と最後の一発の音が辺りの建物に跳ね返りコダマの様に、男の耳に帰ってきた。「乗れッ!」男の後ろにベンツが急停車し、男を呼んだ。踵を返した男の体はベンツの後部座席の客となった。
男が去ったベンチの脇には今しがたまで、『三島』と呼ばれた男の、首の無い死体が大量の血の中に転がっており、その場に居合わせた人間たちの「ギャーッ!」と言う慟哭の悲鳴が銃声と同じく辺りへと響きわたっていった
男が去ったベンチの脇には今しがたまで、『三島』と呼ばれた男の、首の無い死体が大量の血の中に転がっており、その場に居合わせた人間たちの「ギャーッ!」と言う慟哭の悲鳴が銃声と同じく辺りへと響きわたっていった