第5話

文字数 1,163文字

香月が、壁に掛けられたアナログ時計に顔を向け、確認すると時間は、午前一時三十分まで後五分をきっていた。

「休憩しましょう」香月の仕草を見た流海が時計に目を向けながら言った。

「いえ、お気遣い無く。続けて下さい」流海が自分に気を遣ってくれたと思った香月が、席を立った流海の背中に問いかけた。

「ええのよ。私も、煙草吸いたいし。あっ、そや、今度は紅茶にしようか」

 そう言うと、流海は部屋を出て行った。
 暫くして、紅茶のカップと菓子が乗った盆をもって流海が部屋へ戻って来た。
 
「香穂さん、あの人も一人やったんよ」紅茶の入ったカップと菓子の乗った盆を香月の方へ出しながら流海が言った。

「えっ、」流海の言葉に香月が疑問の声を上げた。

「確かに、大江香穂の両親は交通事故で亡くなっていますけど。彼女は、その後親戚に引き取られて高校卒業まで過ごしています。孤児とは、言えないでしょう」

 香月は手帳に目を移し、流海の言葉に反論した。

「確かに香穂さん親戚に引き取られているけど、その親戚にたらい回しにされてる。何時やったかな、香穂さん言うてたは。昨日まで優しかった親戚の叔父さんや叔母さんの態度が急に変わって邪魔者扱いされるのってしんどいよって、就職でも苦労してはる。せやから、二十歳になるとすぐに水商売の世界に入ってるんや」

 流海は施術室での香穂との会話を香月に聞かせた。

「・・・・・」言葉が出なかった。

 香月は紅茶に手を伸ばし、口元に運んだ。一口啜ると流海に断り煙草を取り出した。それを見た、流海がライターの火を差し出した。一礼しながら口に咥えた煙草を近づけ火を付けると、大きく肺に吸い込み、天井に向け煙りを吐き出した。

「流海さん。彼女がここに来たもう一つの目的についてお聞きしたいのですが、刺青を入れる以外に何があるというのですか?」

 煙草の灰を前に置かれたガラスの灰皿に落としながら香月は流海に尋ねた。

「結論から言います。至誠会の情報を、私から聞き出すためです。とりわけ、徳重会長や桑木若頭なんかの幹部達の情報です。彼女自身も、その情報を集めるためにお店を変わったり自分なりに動いてはいたみたいですけど。商売柄、うちの方が詳しいと思ったんでしょうね」

「で、流海さんは、彼女に何か、教えたんですか?」煙草を灰皿にもみ消し。香月が、身を流海の方へ乗り出した。

「いえ、お客さんの情報なんて言われしません。香穂さんには悪いけどね。それに彼女も何が何でもという感じでも無かったし、うちに来たのはやはり墨入れの方がウエイトが大きかったと思います」
 
 言うと、紅茶の入ったカップに手を取ると一気に飲み干した。

「もうすぐ、一年ですね。あの大阪中が震え上がった、至誠会と早田組の抗争が終わってから」言いながら香月は新しい煙草を取り出し、今度は自分で火を付けた。
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