第16話

文字数 2,011文字

 イタリアン・レストランを出ると、すっかりと夜のとばりが降り、辺りはネオンの不夜城と化して、さながら昼間のように明るかった。正面のビルの巨大な丸い時計の針は、間もなく午後八時を指そうとしている。目の前の通りには客待ちタクシーが違法と知りながら、確信的に停車をして、これ見よがしにハザードランプを点滅させていた。香月はその中の一台のタクシーに近づくと、窓を叩き車の中でスポーツ新聞を読んでいる運転手に合図を送った、運転手が香月を見て頷くと、後部座席のドアが開いた。香月は茜に先に乗るように促し、茜が頭を打たないように自分の右手を、後部席乗り口の庇にあてがった。「ありがとう」言うと茜は香月に微笑みかけて乗り込んだ。茜に続いて乗り込むと、行き先を告げる。茜と共に、北新地の『CLUB 聚楽』へ移動した。店が入っているビルの前には、前もって茜が連絡したのであろう店の複数のホステスが迎えに出ていた。タクシーを降りると、ホステスの一人が近づいて来た。「お荷物が大丈夫ですか」「大丈夫です」話し掛けてきたホステスに返すと香月は案内に立ったホステスと店のある三階にエレベーターで上がった。エレベーターのドアが開くと眼前にホステスの顔写真がスポットライトに照らされて飾られていた。そのままカウンターを横目に見ながら進むと、ホステスは『特別室』と書かれたドアを押し開け奥に進むように香月を促した。言われるままに入っていくと、壁にもホステスの顔写真が飾られており、更に奥に進んでいくと黒のメタリックの下地に金色の細工を穂何処された重厚な作りのドアがあった。ホステスに言われるままに香月は店内に入っていった。
「ここで、暫くお待ちください」言うと案内してくれたホステスは部屋を出て行った。十五分程待つと「お待たせしました」言いながら茜が酒と、簡単なつまみを載せた盆を持って入って来た。
 着物から、白と黒のツートンのドレスに着替え、長い髪も降ろして、先程とは別人に見えた。「お酒は?水割りで宜しいかしら」茜が訪ねた。「ええ、それで」香月が返す。水割りが出来ると二人はグラスを当て、口に運んだ。
「当初、香穂さんは、その容姿に比してもあまりお客様から支持があったとは言えないですね」茜が香穂について話し始めた。「先程も聞きましたが、彼女が貴方とNO1の座を競う様になつきっかけには、何か心当たりはありますか?」香月はレストランで途中になっていた疑問を茜にぶつけた。「多分、私が、思うのには、影村さんの影響が大きいと思います。それまであった彼女の中の影の部分が落ちたのは、私が彼女にあの方を、紹介してからのことです。女は思い人が出来ると、外観も内面もガラッと変わりますから」茜が香穂について見解を述べた。
「五嶋聖治には、それがあったのでしょうか? 」香月が言った。
「命を捨てて生きている人間の凄みでしょうね。香穂さんが惹かれたのは、香穂さん自身も生い立ちから決して恵まれた環境で育っておられないようですし。影村さんも幼少を施設で過ごされています。おたがい惹かれ合うシンパシーのようなものはあったのでしょうね」茜が言うとグラスを持ち水割りを口に運んだ。「しかし、五嶋、いや、影村は、極道です。おまけに当時は、至誠会の会長を親の敵と付け狙っていた最中です。何故、女に気をとられたのか、理解できない」口にする香月の言葉に、男としての、五嶋への嫉妬が見て取れた。
「・・・・・」香月の様子を見て茜が無言で微笑みかけた。「血の匂いでしょうか」茜が言った。「ホステスになる様な子は、個人にもよりますが多かれ少なかれ幸せという物に飢えている子が、案外多いんですよ。お店を任せられて、女の子を面接する身になってからは、私にも解るようになりました。よく、高級クラブの女性は普通の人には口説けないと仰る方がおられますけど、そんなことは、無いんですよ。幸せを見せてくれる方を待っているんです。そして、更に言えば、自分を保護してくれる強い男性でしょうか」茜は香月と目線を会わせ言った。その言葉はまるで『貴方はどうなの』と問いかけられているようで香月は、返す言葉が思い浮かばなかった。
「野生の世界って、そうですよね。弱い牡は決して自分の子孫を残せない、人間も本能の部分ではそうなのでしょうね」言い淀む香月に茜がたたみ掛けた。
「・・・・・」無言の時が二人の間に流れた。
「香穂さんと影村さんが、深い関係になったことは、香穂さんの仕草から解りました」茜の言葉からは、少なからず香穂への嫉妬心が感じられた。「解るのですか?」香月が問い返す。茜はそれには返事をせずに「香穂さんが『冬華』を辞められて、私達の前から姿を消したのは、それから間もなくのことでした」懐かしむように茜が言う。「大江香穂は、幸せになれたのでしょうか?」香月が問うた。
「私は、そう思います」香月の問いに茜が即答を返した。
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