第15話

文字数 1,855文字

「先ず、大江香穂さんの人間性からお聞きしたいのですが、宜しいでしょうか?」香月は単刀直入に聞いた。「冬華では、香穂さんよりも私の方が二年程早く入店しています。当初、私は彼女の教育係でした」茜が答えた。
「大江香穂の冬華での勤務態度というか客受けとかは、どうだったのでしょうか?」香月がたたみ掛けた。「随分と、急かされますのね。続きは、御料理を頂きながらに致しません」目の前の茜という女性に圧倒されてか、取材の主導権を握ろうと急いだ香月の心の奥を見透かしたかの様に茜がたしなめた。「すみません」香月は、赤面しながら急いだ自分を恥じた。まるで、母親に叱られる子供のようだった。この、女性には敵わない 香月は率直に思った。「コン・コン」入り口のドアが二回ノックされ、その向こうから「失礼致します」と声が聞こえた。先程二人を部屋に案内してくれた店員が料理を持って入って来た。テーブルに置かれた料理は、ピザ、パスタと言うイタリアン料理の定番から、生ハム、リゾット、パニーカウダ、カルパッチョ、チーズトマトのオリーブオイル漬けなどのコース料理が順序を追って提供され、料理を運んできた店員が香月と茜の皿にそれらの料理を取分けようとすると、「此方でやりますよ」と茜が店員から、取分け用のスプーンとフォーク、更に、トングを受け取った。茜はそれらの道具を受け取ると、器用に操り、先ずは、香月の取り皿へ綺麗に盛付けた。その仕草はいかにも洗礼されて美しささえ感じた。凛とした立ち姿からは気品がにじみ出ていた。『この人は、自分と言う個人に絶対の自信を持っている。俺とは生きて来た世界が、見てきた物が違い過ぎる』香月の内面でもう一人の香月が囁いた。「香穂さんは、他人に対する気遣いと、細かい作法に於いては、私よりも優れた見識と知識を持っておられました」前触れもなしに茜が香穂について話し始めた。
「そんな話し俄には信じられません」極道の情婦だった大江香穂が茜の言うほどの女性だとは、目の前で見た茜と比較すると、とてもでは無いが香月には信じられなかった。
「冬華に来た頃の彼女は、見た目の美しさに反して憂いと言うか、何か危うさを持っていました」 茜がテーブルの上を整えながら話した。「彼女があの時のままだったら、いくら綺麗で、物事に対して優れた見識と知識を持っていたとしても、私は好敵手〈ライバル〉とは思わなかったでしょう」茜が言うと同時にテーブルは、美しく盛付けられた料理でいっぱいになった。
「仰るとおりなら、大江香穂香穂が劇的に変わった瞬間があると言うことですね」香月は疑問を茜にぶつけた。「影村さんに、あっと、ごめんなさい、五嶋・・・・・」茜が言い淀んだ。
「言いにくければ、影村のままで構いませんよ!」香月が茜に助け船を出した。「すみません。では、お言葉に甘えます」言いながら、嬉しそうに、茜が笑った。その時の茜の笑顔は今までの彼女とは違いまるで少女の様だった。「こんな顔もするのか」新鮮な感覚を香月は覚えた。「影村さんに彼女を引き合わせたのは私です」茜が香月の右手のグラスにワインを注ぎながら言った。「五嶋は、どんな客でしたか?」ワインの入ったグラスをテーストしながら訪ねた。それには答えずに茜は自分のワイングラスを持つと香月の方へ差し出し、香月とグラスを合わせ口を付けた。「あの方も、香穂さんと同じでどこか影を纏っていました。それが何かは今なら理解出来ますが、あの時は分かりませんでした」茜が遠くを見るように語った。「私には、香穂さんと影村さんは同じタイプの、人格に思えました。ですから、新人の彼女を影村さんに紹介したのです」言うとワイングラスを口に運びフォークとナイフを持ち料理に手を付けた。「美味しい」嬉しそうに言うと茜は香月にも料理を進めた。香月は、暫し、彼女との会話を打ち切り食事に専念する事とした。『本当のこの人は何処にいる』香月は自分を出さない、茜に振り回されていることに気付いていた。しかし、その事が腹立たしくもあり反面楽しくもあり、掴みようのない不思議な感覚に包まれていた。
 オードブルからメインそしてデザート更に食後のコーヒーと時間と共に料理の提供が進んでいった。「デザートとコーヒーが終わったのなら御食事は終わり、この後は、聚楽に参りましょう、お話しの続きはそこで」そう言った茜の顔に微笑が浮かんだ。『魔性!』その言葉が香月の脳裏を過ると共に、その微笑に強く引き込まれていく、自分が居ることにも香月は気付かされた。
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