第10話

文字数 1,644文字

今年もプロ野球が開幕して二週間程が過ぎ、大阪の街、いや、大坂府全体が「大坂タイガース」一色に染まる四月の上旬、大阪政道会若頭の「溝口斉加」を筆頭に「高木海斗・島内孝・占部貞光・五嶋聖治」の四人の若頭補佐の姿が、大阪府北部の街、高槻市駅前の偽名で確保したホテルの会議室にあった。偽名で確保したのは松永組の探索を躱すためだった。この日は二月に殺害された溝口遙の四十九日法要にあたり斉加以下五人はこの日をもって、先代、溝口遙の喪明けとし、新たに若頭 「溝口斉加」を二代目大阪政道会会長と仰ぎ、更に、後任の若頭に若頭補佐の筆頭格「五嶋聖治」を昇格させて、新生「大阪政道会」の今後の活動方針と決意を示すために集まっていた。
 部屋の中央には、小振りな神棚が設えられ、そこには高級な日本酒と人数分の純白の白磁の盃それに白の和紙が用意されていた。極道の代替わりと言えば、本来は然るべく場所を用意して格式と仕来りにのっとって、大々的に盃事を行い新たな組の御披露目を内外に示すのが筋道と言うものだが、先代を殺られ尚且つ松永組との抗争中と言うこともあり、この日は、幹部五人のみで二代目会長を担ぎ新たに親と子の固めの盃を交わす事となった。所定の儀式が終わった後メンバーに真新しい白の白磁の盃が配られ酒が注がれた。それを持ち斉加がメンバーの前に挨拶に立った。
「今日は、亡き兄貴のために危険を顧みず集まってくれて、ほんま、おおきにな。みんなの顔見たら草葉の陰の兄貴もどんだけ心強いかわかれへん。ほんま、おおきに、ありがとう」言いながら感極まった斉加が涙を流した。その周りから他のメンバーの啜り泣きが聞こえた。
 その啜り泣く声を遮るように、斉加が言った。
「おっと、そうや、泣くのはまだ早いは、新若頭にも一言貰おうやないか」思い出したように言い涙を手で拭いながら、斉加が聖治に前に出るように催促した。
「いや、俺はそんな、まだ・・・・・」元来口下手で人前で話すことが決して得手でない聖治が言い淀んでいた。しかし、その時、聖治はメンバーの一番後方で目を伏せ俯いている、高木海斗の姿が目にとまった。
「おい、高木!どないしてん」不審に思い聖治が涙声のまま話しかけた。
「いや、すんません。何でもおまへんのや、どうぞ、続けて下さい」高木海斗が驚いたように言い聖治に先を言うようにすすめた。『何か、おかしい』聖治は心の中で叫んだ。
 
「ただいま、会長から、丁重なお言葉を頂きました。五嶋聖治です。この度は伝統ある大阪政道会の若頭に御推挙頂き、身に余る重責に身が引き締まる思いであります。しかしながら、私自身は何も変わらしませんこれからも、変わらず、ご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」蛇腹の和紙に書かれた台詞を何とか読み上げた。
「それでは、これにて、新生、大阪政道会の新たな門出といたします。盃をお持ち下さい」若頭補佐の、島内孝が盃事の最後を飾るべく宣言をした。
「一気に飲み干し、お手元の和紙に包んで下さい」盃を右手に掲げ島内孝が言った。島内の言葉と同時にメンバーは、盃の酒を一気に飲み干すと、それを和紙に包み懐へと入れた。
「よっしゃ、堅苦しい儀式はこれで終いや」斉加は言うと部屋の入り口に向かい、そこに置かれたホテルの内線電話の受話器を取って言った。
「すんません、終わりました。料理の方お願いします」斉加がフロントに注文を出した。その時だった、一人塞ぎ込んでいた若頭の高木海斗が、足早に斉加に近づき耳打ちをした。高木の言葉に斉加の顔が見る見るうちに紅潮していくのが分かった。明らかに怒っている。聖治をはじめ他の若頭達は呆気に取られ、その場に立ち尽くすしか手立てが無かった。
「何やと、ホンマなんか、それ」不意に斉加が叫んだ。そして、言った「みんな、すまん、これから料理と酒が来るから遠慮なしに楽しんでくれ。俺はちょっと高木と話しがあるさかいに、ちょっと、外させて貰うわ」言うと、斉加は高木と一緒に足早に部屋の外へ出て行った。
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