第6話
文字数 1,290文字
香月は、八月の猛暑の中、ハンカチで額の汗を拭いながら、新世界商店街を通天閣の方向へと向い歩いて行く。通天閣を過ぎるとそのまま天王寺動物園へと向かった。動物園ゲートの入り口前で立ち止まり園の中を見ると、土曜の午後と言うこともあり園内は見える範囲だけでも、子供連れの家族やカップル達で賑わっていた。時刻は間もなく十四時になる、昨夜流海の店を辞したのが午前三時過ぎ、自宅に帰り床についたのは、午前五時前になっていた。そのためまだ若干の眠気とけだるさが体に残り今日のこの暑さが一段と応えた。
入場券を購入して中に入り一番奥のコアラ館まで進んだ。四年半前。この場所で「関西伊吹会系早田組大阪政道会」会長の溝口遙が妻と子供の三人で動物園を見学に訪れたおり、妻が子供をトイレに連れて行った僅かな時間に、大阪に本拠を構える日本最大の広域暴力団「至誠会系松永組」の組員に射殺された。
あの日、香月はここに居た。今日とは違い二月の寒さが身に染みる日だった。
日本橋の、政道会事務所の入り口前にけたたましい、エンジン音を響かせて黒のJeepが横付けされると中から、血相を変えた五嶋聖治が飛び跳ねるように降りると叫んだ。「おい│何があったんや」会長は大丈夫なんかい。事務所の前に居た組員に殴りかからんばかりの剣幕で詰め寄った。
「・・・・・」聖治に胸倉を捕まれ、涙を流している若い組員は無言のまま首を横に振った。「アホンダラ│そんな事って、あるかい」正気を失った聖治は、若い組員を殴り倒す。倒された組員は、起き上がろうともせず、その場で地面に伏し号泣した。
「誰や、誰がやりよったんや│こんなん│あってええわけない│誰か嘘や言うてくれ│」聖治は号泣しその場に崩れ落ち、拳で地面を何度も殴りつける。手の皮が裂け血が噴き出した。「なんでや│なんでや」手から流れる血に気づく様子も無く聖治は、地面を殴り続けた。
「もうやめいや│」一人の男が地面を殴り泣いている聖治の手を掴み力尽くで聖治を立たせ、平手で聖治の左の頬を張った。組の若頭で殺された溝口遙の弟、斉加だった。「悲しいのはお前一人やないんや」諭すように言い含める。「さあ、中に入って兄貴の顔見たってや」斉加が言った。
入り口からすぐの階段を上がり、組の事務所を突っつきると奥の会長室に入った。事務所に徹夜で詰める組員の為に、用意されている簡易ベッドの上に白いシーツで全身を覆われた、遙の遺体が横たわっていた。シーツを捲り遙の顔を確認した。死化粧を施され整えられた、安らかな顔からは射殺されたと言う事実が信じられない。見た瞬間聖治の全身は力を失いその場に崩れ落ち、もう、涙も出なかった。床に座り込んだ聖治の耳に啜り泣く声が聞こえる。声の方を見ると遙の長男で今年から小学校へ入る、啓治が静かに涙を流し何かを堪えるように泣いていた。聖治は啓治を思わず抱きしめ言った。「啓治泣いてもええんやで│我慢なんかせんでもええねん。おもくそ泣いたらえねん」その時、啓治の中で何かが弾け、地の底から湧き上がるような啓治の号泣が建物中に響き渡った。聖治は、啓治を強く抱きしめた。
入場券を購入して中に入り一番奥のコアラ館まで進んだ。四年半前。この場所で「関西伊吹会系早田組大阪政道会」会長の溝口遙が妻と子供の三人で動物園を見学に訪れたおり、妻が子供をトイレに連れて行った僅かな時間に、大阪に本拠を構える日本最大の広域暴力団「至誠会系松永組」の組員に射殺された。
あの日、香月はここに居た。今日とは違い二月の寒さが身に染みる日だった。
日本橋の、政道会事務所の入り口前にけたたましい、エンジン音を響かせて黒のJeepが横付けされると中から、血相を変えた五嶋聖治が飛び跳ねるように降りると叫んだ。「おい│何があったんや」会長は大丈夫なんかい。事務所の前に居た組員に殴りかからんばかりの剣幕で詰め寄った。
「・・・・・」聖治に胸倉を捕まれ、涙を流している若い組員は無言のまま首を横に振った。「アホンダラ│そんな事って、あるかい」正気を失った聖治は、若い組員を殴り倒す。倒された組員は、起き上がろうともせず、その場で地面に伏し号泣した。
「誰や、誰がやりよったんや│こんなん│あってええわけない│誰か嘘や言うてくれ│」聖治は号泣しその場に崩れ落ち、拳で地面を何度も殴りつける。手の皮が裂け血が噴き出した。「なんでや│なんでや」手から流れる血に気づく様子も無く聖治は、地面を殴り続けた。
「もうやめいや│」一人の男が地面を殴り泣いている聖治の手を掴み力尽くで聖治を立たせ、平手で聖治の左の頬を張った。組の若頭で殺された溝口遙の弟、斉加だった。「悲しいのはお前一人やないんや」諭すように言い含める。「さあ、中に入って兄貴の顔見たってや」斉加が言った。
入り口からすぐの階段を上がり、組の事務所を突っつきると奥の会長室に入った。事務所に徹夜で詰める組員の為に、用意されている簡易ベッドの上に白いシーツで全身を覆われた、遙の遺体が横たわっていた。シーツを捲り遙の顔を確認した。死化粧を施され整えられた、安らかな顔からは射殺されたと言う事実が信じられない。見た瞬間聖治の全身は力を失いその場に崩れ落ち、もう、涙も出なかった。床に座り込んだ聖治の耳に啜り泣く声が聞こえる。声の方を見ると遙の長男で今年から小学校へ入る、啓治が静かに涙を流し何かを堪えるように泣いていた。聖治は啓治を思わず抱きしめ言った。「啓治泣いてもええんやで│我慢なんかせんでもええねん。おもくそ泣いたらえねん」その時、啓治の中で何かが弾け、地の底から湧き上がるような啓治の号泣が建物中に響き渡った。聖治は、啓治を強く抱きしめた。