第43話
文字数 1,859文字
香月がサンフランシスコへ来て一年が過ぎていた。アメリカではジャーナリストの養成学校に通う傍ら、五嶋聖治を題材にしたノンフィクション作品の執筆を行っていた。しかし、その原稿も半年前に校了して今は日本での出版日を待つばかりとなっている。香月は記事の書きや方取材の仕方等を一から学び直す気で海を渡った。その、決断は、此方に来て正しかったと思った。日本では、新聞は一軒ごとに契約して毎朝それぞれの家庭に届くのが一般的だが、アメリカではそのようなシステムは存在せず、新聞は駅の売店やコンビニまたはスーパーなどで読者自身の判断で買って貰わなければならない、したがって、記事にはそれに見合う品質が求められる。日本の新聞記事のように読者が、その、事柄について、ある程度の知見があると見越しての記事は書けない。内容については、読者は知らないと言う想定に於いて執筆をする。故に事の『起承転結』から書かなければならない。だから、新聞自体が非常にボリューミーで分厚くなり他社との競争も激しさを増す事になる。更に、日本とは、決定的に異なるのは、アメリカの国民は総じてマスメディアを信用していないことだ。何事も他人からの与えられる情報では無く自分で確認したものしか信用しない。その、証しに、この国は、訴訟大国でもある。ゆえに、記事には正確性や責任が日本以上に大きく求められ、香月自身も多くの気づきを得て成長してゆく自分に期待が持てるようになった。
今、香月は『一九五七年に起こった、リトルロック高校事件』をテーマにしたノンフィクション記事の執筆に掛かっていた。この事件は、アメリカ社会の暗部を写し出す事件であり、現在でも完全な解決には至っていない根深い問題だと思う。香月はパソコンの画面と収集した資料を相互に見ながら文字を打っていた。
「コンッ!コンッ!」扉が外側から二回ノックされた。
「入っても大丈夫?」扉の向こうから声がした。
「いいよ!」香月は声に対して返事を返した。
「慎二さんッ!コーヒー入れたけど、持ってこようか?それともリビングに来る」扉が開かれ流海が入って来て言った。
「おれがリビングに行くよ」香月が流海に返した。
「アッ!と、それから、これが日本から届いてるよ」流海が香月に、小さな小包を差し出した。
「ありがとう。出版社からだ」礼を言いながら流海から小包を受け取った香月は、早速封を開けて中身を確認した。小包の中には本が二冊!、上製本の立派な作りの書籍ともう一冊は、月刊誌『別冊ノンフィクション』の最新号だ。パラパラと簡単にページを捲り一通り確認すると、それを流海の方へ差し出した。
「先に読む!?日本語の本なんて久しぶりだろう。業界のことも書いてあるし!」香月は英語を学習中で、まだ、話すことの出来ない流海に勧めた。
「エッ!ええの、嬉しい!」流海が素直に礼を述べると、香月の手から本を受け取り、目次のページを開いた。
「ねえ、慎二さん!至誠会、分裂したんやね」流海の顔が曇る。
「嗚呼!ッ!カリスマを纏った指導者が、二人とも亡くなったからね。桑木組の組長毛利さんや清水さん、他の二人の若頭補佐はいずれも優秀だけど、それが無いどんぐりの背比べだからね。新しい秩序が出来るまでは、群雄割拠の状態が続く、政治の世界でも長期間続いた内閣の後には短命内閣が幾つか出来ては消えるでしょ」香月が言う。
「でも、至誠会は、この、抗争が終わっても元の状態にはならない。だったなら、五嶋聖治と香穂夫妻の至誠会を潰すと言う想いは、形は違えども叶えられたんだろうね」香月が流海に続けて聞かせた。
「大坂の街が、また、暫く荒れんやね。アッ!と、あかん。コーヒーが冷めてしまうわ、続きはリビングで話そうか」言うと流海は香月の書斎を出てリビングへ向かった。香月もそれを追った。廊下に出ると流海が待っており左手を香月に差し出した。香月もそれに応え左手で流海の手を取る、その、二人の左手の薬指には、プラチナ製の指輪が光っていた。
二人がいなくなった香月の書斎の、机には、別冊ノンフィクションと一緒に送られてきた、人肌を意識した色の書籍が置かれていた。その、背文字と表紙のタイトルには朱色の目立つ色で文字が刻まれている。
『鬼子母神の女 香月慎二』
更に表紙には、表情の右半分に穏やかな顔と、左半分には憤怒の表情と二つの顔を持ち懐に、二人の子供を抱いた、『鬼子母神像』が描かれていた。そして、本の最後の出版社などが載ったページには、『表紙絵、香月流海』の名が記されてあった。
今、香月は『一九五七年に起こった、リトルロック高校事件』をテーマにしたノンフィクション記事の執筆に掛かっていた。この事件は、アメリカ社会の暗部を写し出す事件であり、現在でも完全な解決には至っていない根深い問題だと思う。香月はパソコンの画面と収集した資料を相互に見ながら文字を打っていた。
「コンッ!コンッ!」扉が外側から二回ノックされた。
「入っても大丈夫?」扉の向こうから声がした。
「いいよ!」香月は声に対して返事を返した。
「慎二さんッ!コーヒー入れたけど、持ってこようか?それともリビングに来る」扉が開かれ流海が入って来て言った。
「おれがリビングに行くよ」香月が流海に返した。
「アッ!と、それから、これが日本から届いてるよ」流海が香月に、小さな小包を差し出した。
「ありがとう。出版社からだ」礼を言いながら流海から小包を受け取った香月は、早速封を開けて中身を確認した。小包の中には本が二冊!、上製本の立派な作りの書籍ともう一冊は、月刊誌『別冊ノンフィクション』の最新号だ。パラパラと簡単にページを捲り一通り確認すると、それを流海の方へ差し出した。
「先に読む!?日本語の本なんて久しぶりだろう。業界のことも書いてあるし!」香月は英語を学習中で、まだ、話すことの出来ない流海に勧めた。
「エッ!ええの、嬉しい!」流海が素直に礼を述べると、香月の手から本を受け取り、目次のページを開いた。
「ねえ、慎二さん!至誠会、分裂したんやね」流海の顔が曇る。
「嗚呼!ッ!カリスマを纏った指導者が、二人とも亡くなったからね。桑木組の組長毛利さんや清水さん、他の二人の若頭補佐はいずれも優秀だけど、それが無いどんぐりの背比べだからね。新しい秩序が出来るまでは、群雄割拠の状態が続く、政治の世界でも長期間続いた内閣の後には短命内閣が幾つか出来ては消えるでしょ」香月が言う。
「でも、至誠会は、この、抗争が終わっても元の状態にはならない。だったなら、五嶋聖治と香穂夫妻の至誠会を潰すと言う想いは、形は違えども叶えられたんだろうね」香月が流海に続けて聞かせた。
「大坂の街が、また、暫く荒れんやね。アッ!と、あかん。コーヒーが冷めてしまうわ、続きはリビングで話そうか」言うと流海は香月の書斎を出てリビングへ向かった。香月もそれを追った。廊下に出ると流海が待っており左手を香月に差し出した。香月もそれに応え左手で流海の手を取る、その、二人の左手の薬指には、プラチナ製の指輪が光っていた。
二人がいなくなった香月の書斎の、机には、別冊ノンフィクションと一緒に送られてきた、人肌を意識した色の書籍が置かれていた。その、背文字と表紙のタイトルには朱色の目立つ色で文字が刻まれている。
『鬼子母神の女 香月慎二』
更に表紙には、表情の右半分に穏やかな顔と、左半分には憤怒の表情と二つの顔を持ち懐に、二人の子供を抱いた、『鬼子母神像』が描かれていた。そして、本の最後の出版社などが載ったページには、『表紙絵、香月流海』の名が記されてあった。