第2話

文字数 624文字

 第一章 香穂

「奥さん、もう一度確認します。ええんですね」

 黒い施術用の簡易ベッドに、仰向けに横たわる、大江香穂に流海が語りかけた。
 流海に晒した妖艶な白い背中には特殊なインクで転写された鬼子母神の下絵が施術の時を待っている。身じろぎもせずに横たわっていた香穂だったが流海のその言葉には返事を返さなかった。その代わり、流海の方へ真顔で頷いて見せた。その目に香穂の決意が現れていた。

「分かりました、では、筋彫りから始めます」

「・・・」香穂のカラダが強張った。
 
「何か、あったら、言って下さい」

 言い終わると、流海は変電機を操作し、電動針の調整を終えると香穂の背中へと降ろしていった。

「うっ!」と香穂の声がアトリエに漏れた。

 流海の操作する電子針が下絵のアウトラインをなぞっていく。筋彫りと呼ばれるこの行程は墨入れの全行程の中で最も苦痛を伴うが、外科手術とは違い麻酔は一切使用されない。
 技術の進歩により痛みは以前よりも随分と、軽減されたがそれでも全くゼロではない。 軽率な気持ちで入れ痛みに耐えられずに中止する者も少なからずいる。特に香穂のように背中一面に入れる大規模なものは腫れや発熱で施術以外の苦痛も伴い、時間的にも五十時間は優にかかる。だが彼女は一切の弱音を吐かずその激痛に唯々耐えていた。その姿はまるで修行僧が悟りを得ると言う大いなる目的の為に避けては通れない厳しい苦行を当然の事として受け入れるような強固な何かを香穂から流海は感じていた。
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