第8話

文字数 1,693文字

 南海今宮戎駅の改札を抜けると月曜日の早朝五時台と言うこともあり周辺はひっそりと静まりかえっていた。この街には、光と影の二つの表情がある。一つは毎年一月九日~十一日までの三日間行われる十日戎だ、大坂、いや、関西全体でも指折りのこの大祭には大坂中の商売人達が集結し、笹を買い求め、その年の公募で選ばれた三人の福娘に大小様々な飾りを付けて貰い、これから始まる一年の商売繁盛と無病息災を祈願する。これが光の表情、そしてもう一つは、その光さえも届かない深海の如き影の部分が、日本三大ドヤ街としての表情だ。
 香月は、駅から福祉センターへと向かい歩き指定された喫茶店へと入った。店の中は六席ほどのカウンター席と二人がけのボックス席が三つだけの、こぢんまりとしたしていた。
 更に、その奥に、貸し切りの札が掛かった個室らしき部屋があった。
 カウンターの中にはこの店の店主らしき、年配の男性が忙しそうに仕込みの作業に追われていた。「おはようございます」挨拶をしながら店内へ入ると、仕込みをしていた男性が顔を上げ香月と目を合わせ、顎をしゃくり視線を奥の個室へと向けた。「失礼します」香月は礼を言うと個室へと向かい、入り口のドアを、二回ノックした。
「はいってんか」中から張りのある男の声がした。
 個室には、大きめのテーブルと椅子が四脚置かれ、その一つに男が座り煙草を吹かしていた。
「流石は、記者さんや時間ピッタシやな」男が言った。
「今日はお時間を頂きまして有り難うございます。香月と・・・・・」
「それは、聞いた。形式なんてどうでもええ、ま!座りいな、今日あんたと会うから昨日の夜は簡易宿舎に泊まって、シャワーも浴びた。せやからええ匂いがしてるやろ」
 香月の挨拶を男が遮り上機嫌で座るように促した。そして、自分は立ち上がり入り口のドアを開けると「マスターホットモーニング二つや、大事なお客さんやさかいにええコーヒー出してな」と注文を出した。
「あっと、聞いてへんかったな。ホットモーニングで、えかったかな」男は悪びれる様子もなく香月に言った。年齢は四十代半ばぐらいだろうか。中肉中背で均整のとれた体格をしており、香月はドヤ街には似合わないなと思った。
「ええ、かまいません」男に香月が言った。
 男は香月の向かいの席に腰を降ろすと、無言で煙草に火を付け言った。
「で!、何の話しやったかいな」煙草の煙を吐き出しながら男は無造作に言った。
「至誠会と早田組の抗争の件についてうかがいたいのですが」言いながら香月も煙草を取り出し男に一礼して、火を付けた。
「ほう、また古い話を持ち出したもんやな。今更、そんなん聞いて、どないするつもりや」突き放したように男が言い煙草の灰をアルミのいかにも安そうな灰皿に落とした。
「あの、抗争が大きくなったのは、溝口会長を射殺した実行犯が襲撃に使った車両が、至誠会本部所有の車両だったと言うことです。しかし、この件が表沙汰になったのは抗争が終結した後で、当時は警察内の記者クラブでも伏せられ外部には出ていないはずです。だが、大阪政道会の組員達は、知っていた。それは、供述からもその後の行動からも明らかだ、問題は誰がその情報を彼らに漏らしたのか、私はそれが知りたいのです」質問の核心部分を香月が男に突きつけた。
「ほう!、それはそれは、ご苦労なことやな。俺が知らん言うたらどうするつもりや」
 不適な笑みを浮かべ男は香月と視線を合わせた。
その時「コン・コン」と扉が反対側から叩かれた。同時に男が立ち上がり、扉を開けると一人分のモーニングサービスを持った店主が無言で入って来て、香月の前のテーブルに置くとすぐに出て行き、間を置かず男のモーニングサービスも持ってきた。同じようにテーブルに置き中央のレシート立てに丸めたレシートを置いて出て行った。男はレシート立てから、そのレシートを取り出して香月の方へ突き出し言った。
「ここの勘定、お願いできるんやろ」
「勿論です」香月が返す。
「さあ、冷めんうちに先に食べようやないか」言うと男は、熱いコーヒーに口を付けた。
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