第4話
文字数 1,415文字
ホテルの窓の外、激しく降りしきる雨の中救急車のサイレントの音と、赤色灯の赤いシルエットが遠くへ消えていく、香穂は聖治に背後から抱きつき、背中に頬ずりをしていた。
「なあ、なんで、鬼子母神なん」
香穂が、聖治の背中に入った刺青を、愛しそうに指でなぞりながら話した。
「ほう、おまえ、これが、鬼子母神てわかるんかい」
聖治は、背中に入った刺青の鬼を、二十代の香穂が知っていたことに驚いた。
同じ極道でも、知っている人間は僅かだ。よく、同じ女の鬼、夜叉と間違えられた。
「よその子さらって、百人もおる、自分の子供に食べさせてたんやろ」
聖治は、バスタオルを腰に巻き香穂の言葉を背中で聞いた。
「そうや、その所行が、あまりにも、目に余るんで、お釈迦様が、鬼子母神の可愛がっていた、一番下の子供を隠したんや」
「それで、どない、なったの」香穂は、囁くように話しの先を促した。
「鬼子母神はな、半狂乱になって、子供を探したそうや」
聖治の体に回した香穂の腕に力が入った。
「その、姿を不憫に思ったお釈迦さんは、子供を亡くした親の気持ちを諭して、隠していた子供を鬼子母神に帰してやったんや」
淡々と聖治は話して聞かせた。
「それで、鬼子母神は、どうなったの」
「親の気持ちを知った後は、子供たちを守る善神になったんや」
「で、なんで、鬼子母神なん」
軽くからかうような口長で、香穂が聖治の背中で親しみを込め笑顔で聞いた。
「・・・・・」
しばらくの沈黙が続き、聖治の背中が硬く隆起し、鬼子母神の刺青が熱を帯び赤く変色していった。香穂は聖治の怒りを感じ驚き、聖治から飛び跳ねるように離れた。反動で香穂の躰を包んだ白いシーツが床に落ちた。急いで拾い上げ何も纏っていない躰を隠すと、今度はバランスを崩し後方のベッドに座り込んでしまった。今にも驚き泣き出しそうな声で詫びる香穂の方へ聖治は、振り向き、怒りを抑えられなかった自分を責めるように言った。
「俺な、お母ちゃんのこと、知らんねん」
「・・・・・」
予想外の聖治の答えに、今度は香穂が黙った。
「知らんって、死んだの」
絞り出すように香穂が返す。
「ちがう、捨てられてん」
静かに話す言葉にも怒りが籠もっていた。驚いた香穂が聖治を見る。悔しさなのか、憎しみなのか、それとも悲しみなのか、多分その感情は聖治本人にも判断がつかない、複雑なものなのだろう。その言葉を吐き出した聖治の顔が歪んで見えた。
「ごめんなさい、やっぱり、あかんこと、聞いてしもうた」
消え入りそうな声で、香穂が改めて詫びた。
「俺の方こそ、すまんな。取り乱してもうた」
今度は、聖治が、穏やかな声で香穂に詫びた。
「でもな、いつかは、俺のお母ちゃんも、この、鬼子母神みたいに、俺のこと探してくれるかなって、夢みたいな事、思うてんねん」
「憎しみは、ないの」
「あったよ、子供の頃はな」
「せやけど、もうええなねん、余程のことが、あってんと、思うことにしてる」
「えらいね」
聖治の背中に、頬を強く押しつけながら、つぶやく香穂の声が小刻みに震えていた。
「泣いてんのか」
「泣いてへんよ、私は、泣かんへん」
そう言いながら、聖治の背中に今以上に強い力で香穂が顔を押しつけた。
「お前、俺なんかと、こんなんなってよかったんか?」
聖治の言葉には、極道の自分が、堅気の香穂と関係を持ってしまった事に対する後悔が滲んでいた。目線を合わせて懺悔をするかのように聖治が言った。
「なあ、なんで、鬼子母神なん」
香穂が、聖治の背中に入った刺青を、愛しそうに指でなぞりながら話した。
「ほう、おまえ、これが、鬼子母神てわかるんかい」
聖治は、背中に入った刺青の鬼を、二十代の香穂が知っていたことに驚いた。
同じ極道でも、知っている人間は僅かだ。よく、同じ女の鬼、夜叉と間違えられた。
「よその子さらって、百人もおる、自分の子供に食べさせてたんやろ」
聖治は、バスタオルを腰に巻き香穂の言葉を背中で聞いた。
「そうや、その所行が、あまりにも、目に余るんで、お釈迦様が、鬼子母神の可愛がっていた、一番下の子供を隠したんや」
「それで、どない、なったの」香穂は、囁くように話しの先を促した。
「鬼子母神はな、半狂乱になって、子供を探したそうや」
聖治の体に回した香穂の腕に力が入った。
「その、姿を不憫に思ったお釈迦さんは、子供を亡くした親の気持ちを諭して、隠していた子供を鬼子母神に帰してやったんや」
淡々と聖治は話して聞かせた。
「それで、鬼子母神は、どうなったの」
「親の気持ちを知った後は、子供たちを守る善神になったんや」
「で、なんで、鬼子母神なん」
軽くからかうような口長で、香穂が聖治の背中で親しみを込め笑顔で聞いた。
「・・・・・」
しばらくの沈黙が続き、聖治の背中が硬く隆起し、鬼子母神の刺青が熱を帯び赤く変色していった。香穂は聖治の怒りを感じ驚き、聖治から飛び跳ねるように離れた。反動で香穂の躰を包んだ白いシーツが床に落ちた。急いで拾い上げ何も纏っていない躰を隠すと、今度はバランスを崩し後方のベッドに座り込んでしまった。今にも驚き泣き出しそうな声で詫びる香穂の方へ聖治は、振り向き、怒りを抑えられなかった自分を責めるように言った。
「俺な、お母ちゃんのこと、知らんねん」
「・・・・・」
予想外の聖治の答えに、今度は香穂が黙った。
「知らんって、死んだの」
絞り出すように香穂が返す。
「ちがう、捨てられてん」
静かに話す言葉にも怒りが籠もっていた。驚いた香穂が聖治を見る。悔しさなのか、憎しみなのか、それとも悲しみなのか、多分その感情は聖治本人にも判断がつかない、複雑なものなのだろう。その言葉を吐き出した聖治の顔が歪んで見えた。
「ごめんなさい、やっぱり、あかんこと、聞いてしもうた」
消え入りそうな声で、香穂が改めて詫びた。
「俺の方こそ、すまんな。取り乱してもうた」
今度は、聖治が、穏やかな声で香穂に詫びた。
「でもな、いつかは、俺のお母ちゃんも、この、鬼子母神みたいに、俺のこと探してくれるかなって、夢みたいな事、思うてんねん」
「憎しみは、ないの」
「あったよ、子供の頃はな」
「せやけど、もうええなねん、余程のことが、あってんと、思うことにしてる」
「えらいね」
聖治の背中に、頬を強く押しつけながら、つぶやく香穂の声が小刻みに震えていた。
「泣いてんのか」
「泣いてへんよ、私は、泣かんへん」
そう言いながら、聖治の背中に今以上に強い力で香穂が顔を押しつけた。
「お前、俺なんかと、こんなんなってよかったんか?」
聖治の言葉には、極道の自分が、堅気の香穂と関係を持ってしまった事に対する後悔が滲んでいた。目線を合わせて懺悔をするかのように聖治が言った。