悪いのは

文字数 1,992文字

 「私の将来の夢、教えてあげようか?」

 「ん、なに?」

「私は将来、カプセルトイの企業に就職します! 部署は広報ね! それでカエルマンの良さを
世間に知ってもらうのよ!」

 「ふうん」

 ハンバーガーを口に運びながら適当に返事をすると、琴音は案の定、顔をしかめた。

 「リアクション小さくない?」

 「だいたい想像ついてた。てか、そうじゃないとおかしいだろ、あの部屋のカエルマンの量
は。お前のカエルマンへの熱量は」

 自分で指摘しながら改めて笑ってしまう。呆れにも近い笑い。「笑いすぎだよ」と顔を赤らめ
る琴音。

 「この子たちに会えたことを光栄に思うわ」

 「またまた大げさだな」

 俺は、作り笑いを浮かべる。固い表情のまま、拳を固めて切り出す。

 「なあ、今日、お前の家…」

 「ああ、ごめん! 今日は紡に算数教えてあげる約束だったから、じゃあね!」

 急ぐように立ち上がり、逃げるように店を出る。

 距離を遠ざけられているようにも感じる。別れたいのだろうか。

 「まあ、何とかなるよな」

 いつものように、楽観視してやろう。なんだかんだで、なんとかなる。俺の人生は大体そんな
感じだ。気ままに生きているだけで、幸運が降りてくる。

 真っ暗な外へ出る。10月の外気が、予想以上に冷たい。

 気を抜くと、涙がこぼれそうになる。もちろんそれは、寒さのせいではない。

 不純だな、俺は。

 結局あいつらと同じじゃねえか。異性というものに囚われて、相手の人格と本質を見失ってい
る。

 ああ、だせえ。

 幸運なんて…。

 手首に圧力を感じたのは、まさしくその瞬間だった。

 「紡の勉強、あんまり急がなくていいと思ったから」

 琴音が、息を切らして戻って来た。

 嘘、じゃないよな?

 「嘘なんかなじゃいよ。ちゃんとここにいるんだから、大丈夫だよ」

 どうやら胸中から声に出てしまっていたようだ。

 「大丈夫だよ」

 もう一度、次は自分に言い聞かせるように、優しい声を出した。

 そうだ。この優しい声も、俺は好きだった。

 俺のバカ野郎。

 「家まで送ってあげる」

 「それは俺のセリフだろ? 最近は物騒だし」

 「いいの! 一応年上なんだから、たまには甘えてよ」

 手をつないだまま、毎度おなじみのやり取りを交わし、結局は俺が琴音を先に家に送った

 「じゃあ、また明日な」

 「うん」

 少しやせて大人の憂いのようなものを纏った琴音の頬が、寒さのせいか少し赤く染まる。



△△△△△△△△△△△




 これが、俺と琴音の、最後の会話となった。
 そんなことも知らないで、琴音の苦しみにすら気付けないで、子供のようにカエルガンマンを空に掲げた。



△△△△△△△△△△△



 琴音が、首を吊って死んだ。

 葬儀場の光景、温度、湿度、風の強さ、匂い。全てを、一生忘れることはないだろう。

 線香の匂いと、琴音の柔らかい笑顔。遺影の隣に置かれた『キングカエルマン』。初めて出会
った日に、俺が引き当ててそのままあげた、『キングカエルマン』。

 息が苦しくなった。視界が水っぽく霞んだ。

 両親の方が、紡の方が辛いのは分かっている。だから俺は、涙を流さないように、目の表面に
蓄えたまま、斎場を出た。

 もう二度と会えないことが、信じられなかった。



△△△△△△△△△△△



 「私が、私が弱かったから…!」

 斎場の外に出ると、溜めていたように泣き出す先輩たち。

 「部長…、部長…」

 「どうせなんかのサプライズでしょ! カエルマンの次に趣味悪いんだから! 早く帰って来
てよ! 琴音ちゃん! …助けられなくて、ごめんなさい…」

 琴音は、クラスの連中から嫌がらせを受けていた。琴音の母親が教えてくれた。どうしてあの
時、子供のやることだから大したことないよ、って言っちゃったんだろう、と真っ黒な目の隈を
作った母親は再び泣いた。

明確な時期は分かっていないが、原因は。

体育館の段差から突き落とされて、身体にあざが出来たらしい。夏休みが明けたころの出来事。
俺が、琴音の部屋で身体の関係を求めて拒絶されたのと同時期。何も分からないで、俺は覆い隠
された真実に近づこうとした。

 10月に配布されたテキストに、油性マーカーで大きく書かれた『ヤリマン』の文字。10月
は、俺が再び琴音に身体を求めて拒絶された季節と重なる。誰にも打ち明けられない痛みに、何
も知らない俺は、俺は…。

認めたくなかった。

あいつが死んだのは、俺のせい。

俺と琴音は、対等なんかじゃなかった。

俺たち自身が対等だと思っていても、俺たちを知らない部外者どもは、勝手に俺たちの立場を位
置づける。

馬鹿どもの目に映る、何でもできる『神の神原』と、取り柄のないオタクの組み合わせが気に食
わなかったんだ。

俺は、それを分かっていながら、琴音と関わり続けた。深い関係になりたくて、あいつの唯一に
なりたくて、繋がり続けた。

そして、琴音だけが報復を受けた。悪いのは、俺なのに。俺の存在だけなのに。

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