すごい人たち

文字数 1,989文字

 5月6日

 めんどくさい。

 「ああ、なんだって俺は、あんな好き勝手言っちまったんだ」

 駆くんも。

 「その場の勢いで言うもんじゃなかった。どうなるんだろう、休み明けが地獄だわ」

 風香ちゃんも。

 「もう! 2人とも! そんなこと言ったって何も変わらないんだから! さっさと起きて、
顔でも洗ってきなさい!」

 昨日の夜8時、チャイムが鳴って玄関を開けると、幽霊のように生気を失った駆くんが佇んで
いた。そしてその1時間後、駆くんと同じような形相で風香ちゃんと数年ぶりの再会を果たし
た。

 「お兄も拓海も! もうすぐ学校なんだからシャキッとしなさい!」

 なかなか起きない子供たちに、休日の大半を持って行かれることを覚悟した。



△△△△△△△△△



 「ほら、ベーコンエッグ作ったから、自分たちで取ってテーブルに運んで」

 海莉が手際よく、フライパンから各々の皿に玉子とベーコンが融合した料理を乗せていく。

 普段なら、俺は喜んでそのたんぱく質の塊を摂取していたはずだ。

 俺は、気付いてやれなかった。あいつの中身を勝手に知った気になって、持論を好き勝手に吐
き出してしまった。

 なんて言った?

 『俺と比べりゃお前の苦悩なんてほんの些細な、チンケな絶望なんだよ』

 針本と初めて会った日、俺はあいつの不幸を笑った。

 『見直したよ。正直、お前のこと見くびってた』

 大泉たちを助けた日、俺は偉そうにあいつを評価した。

 そして、昨日。

 『もっと骨のあるやつかと思ってたけど、残念だったよ』

 俺は上から目線でガッカリして、

 『俺にその『不可視のトゲ』とやらがあったら上手に使いこなしてただろうにな。あのクソ親
父が俺に屈するまで触れ続ける』

 聞いてない意見を得意げに言って、

 『気持ちが悪い』

 と、あいつのことを何も知りもしないで罵った。

 バカだ、俺。

 神原なんかに教えられなくても、観察していれば気付けたことじゃないのか。『令和の怪盗』
なんて、ただの称号だ。こんなんだから俺は、いつまで経っても親父に認められないし、兄弟に
もなめられるんだ。

 いや、違う。そんなことは、今はどうでもいい。

 あいつに合わせる顔がない。依頼だと割り切れない。俺自身、もっと冷静でいられると思って
いたのに。

 「駆くん!」

 海莉に背中を強く叩かれ、内側に潜っていた意識がようやく現実に戻る。

 「いくら悔いたって、過去は変えられないんだから。ほら、私の手料理食べて、元気出しなさ
い」

 「でも…」

 「俺が食べさせてやろう。親友のピンチだ。ほら、口を開けろ」

 言われるがまま口を開ける。もう、逆らう気もない。

 「ちょっと何やってんの!?」

 引きはがす海莉。

 「駆くんがお兄の意見を肯定するなんて末期だわ。単細胞で馬鹿で脳みそが蒸発して無くなっ
たゴリラの抜け殻みたいな男に屈する駆くんなんて見たくない」

 「姉ちゃん、それは言い過ぎ」

 三兄妹の愉快なやり取りにも表情筋が動かない。言葉が出ない。ああ、末期かもな。その通り
かもな。

 針本は、ちゃんと飯食ってるかな。まだ過去のトラウマを気にしてないかな。



△△△△△△



 「ほら、風香ちゃんも食べなきゃ。元気が出ないよ!」

 「元気なんてあっても、学校でハブられるだけよ」

 駄々っ子のように朝ご飯を食べてくれない風香ちゃん。

 「そんなことないってば! 風香ちゃん可愛いんだから、自信もって」

 「そうかな。こんなチンチクリンな顔して、美形の海莉ちゃんに言われても全然励ましになら
ない。むしろ嫌味じゃん。ああ、学校行きたくない」

 全身に沸々と力が湧いてきた。

 拳を固め、テーブルを思いきり叩くと、食卓にいる全員が私に注目した。

 「あのね! そんなグズグズした態度取ったって現状は変わんないんだから!」

 しんとした空気の中、まずは駆くんを見る。

 「こんな非効率で意味のない行動をして、無価値な時間を過ごしていくのってもったいなくな
い!? 駆くんがよく言ってるじゃない! 他人のことを気にしてる暇があったら自己研鑽に使
えって」

 「…ああ」

 「風香ちゃんも!」

 次は、リスのように可愛らしい年上の女子に訴える。

 「周りの目を気にしてるんでしょ!? 今の沈んだ態度、相手からすればきっと絡みづらいし、仲間外れにしやすいと思うわよ! 客観視が得意な風香ちゃんならすぐに気付けることだと
思うけど? 毅然としてればいいのよ。私、何かしましたっけ、って堂々と歩けばいいんだか
ら!」

 「…まあ、そうね」

 「分かった? 2人とも、すごい人たちなんだから。こんなところで立ち止まんないで」

 私は大げさに手を数拍し、笑顔を作り、言い放った。

 「じゃあ、気分転換に海浜公園で遊んでらっしゃい! 私も支度したらすぐに行くから。お兄
も拓海も、さっさと食べて先に行きなさい」

 「お母だ」

 兄が言った比喩を受け流し、私は黙々と残りのおかずを口へ運んだ。

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