僕だけが

文字数 655文字

 5月22日 古村健次郎邸

 このまま何も起きなければいい。

 そう胸に誓ったまま、鉄格子の奥を見やる。

 僕を捨てた父親と再会した際に譲り受けた財産。その一部で買い取った屋敷のような家。学生
時代に住んだボロアパートとは桁違いに広い。今のこの20畳の部屋が、8つもある。そんな大
きな屋敷を、使用人を除けば僕だけが持て余している。

 もともとこの部屋ともう1つの部屋は10畳だったが、この部屋と部屋の壁を壊し、鉄格子を
付けてもらった。建築家には大きな動物を飼うためだと嘘を吐いた。

 本来の使い道は、逃げられないようにすること。

 ここ数日、抜け殻のように消沈している少女を、閉じ込めるための檻。

 「大丈夫だよ、小毬ちゃん。6月1日になれば、ここから出してあげるからね」

 もちろん、ただでは開放しない。

 6月1日の儀式で、僕は、彼女の初めての口づけを奪う。彼女が連休中に足利駆とキスをした
報告はない。バカ正直な小毬は、具体的にどの部分が接触したかを逐一報告してくれた。僕に騙
されているとも知らずに。

 足利駆は、よくも彼女の綺麗な身体にペタペタと接触したな。まあいい。許してやろう。あい
つは、小毬に好意を抱いてしまったせいで、この写真に苦しむことになる。

 まだ、使用人にも、他の誰にも見せていない、僕だけが知っている小毬の裸。できることな
ら、僕だけの眼に納めたまま終わりたいものだ。

 「ああ、君の全部を俺は受け入れてあげるからね。法律なんてものが存在しなければ、もうと
っくに結婚して子供もいるだろうに。愛してるよ、小毬ちゃん」


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