弱い僕

文字数 794文字

 4月20日

 厄介事に巻き込まれたのは、昼休み、天川夢を始めとする男女混合の集団の談笑を聞き流して
いた時のこと。

 図書室で借りた本を読んでいる僕のあだ名、『もやし』の呼び声に振り向くと、友田明弘が肉
食獣のような鋭い目線で僕を睨みつけた。

 心当たりのない僕は、きっと弱弱しい顔をしていたんだろうな。天川夢や風見さんは、怯える
僕を見て笑っていた。

 「おい『もやし』、お前も来いよ」

 「え、ええと、どこに」

 「だーかーら!」

 耳に入れるだけで不愉快な声量で、事情を把握できない僕に圧をかける友田。

 「青島だよ、青島。聞こえないふりしてんじゃねえよ。どうせいっつも俺らの会話盗み聞きし
てんだろ、この根暗」

 聞いてないし。決めつけるなよ。

 「来るよな、なあ? 連休中どうせやることねえだろうが」

 「え、連休は…」

 友田は僕の肩を組み、僕にしか聞こえない声で言った。

 「天川がもう1人誘わなきゃ遊んでくんねえんだよ。来るだろ? 断ったら、放課後たっぷり
可愛がってやるよ」

 友田のようなタイプの男子は、動物の本能みたいな部分で自分を強いと思わせるのが得意だ。
僕には足りない要素。頭が悪い代わりに、こういうところは秀でている。

 「分かった」

 弱い僕は、強い彼らに従わざるを得なかった。

 力がないから、わがままを通せない。相手の正義を強制される。

 だから1年前にオーディションで合格しても、僕が所属していた事務所なんかよりも大きな事
務所が連れてきた子役に平気で横入りされた。

 為す術がない。腕力、権力、学力、経歴。何一つ持っていない僕のような人間は、思いやりと
か配慮なんて抽象的なものが自分にはあるんだと言い聞かせながら生きるしかない。圧倒的な強
さの前で、自らの可能性なんてものは感じてはいけない。

 それ故に、自信なんて持てるわけもない。自信を持った方がいいと助言してくれた張本人は、
弱い僕をみんなで笑う。
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