午後

文字数 784文字

 5月7日 連休最終日 午後
 
 連休初日に向かった反対側の岬。非現実を見せつけるように咲き誇る1輪の『青バラ』。

 傾いた西日の眩しさが、林の隙間から差し込み、影に覆われた道をまだら模様に染め上げる。

 「もうちょいだな」

 後ろを歩く風見と大泉の様子を伺いながら針本に声を掛ける。

 「…はい」

 夏を先取りしたような大気の中、小柄の少女が力なく返事をする。俺は遠慮なく、手を握って
やろうと思い立つが、どうしてだろう、今まで当たり前にできていたことが、今になって出来な
い。跳ね上がる心拍数が、俺の決断を妨害する。

 動けなかった俺の手に、針本小毬の小さな両手が触れた。

 「これで最後なので、許してください」

 まん丸とした瞳が、俺を射すくめた。綺麗な目だった。

 「別にいいよ。他人に頼られるのは気分が良いからな」

 声が震えそうになるのをこらえながら、俺は嘯く。後ろを歩く2人は、冷やかすことも言及す
ることもなく、黙って歩いていた。

 「あの」

 針本が下を向いて新たに言葉を切り出した。

 「駆くんは、私の…、いえ、何でもないです」

 「はあ?」

 「何でもないです。ごめんなさい」

 「んだよ、気になるじゃねえか。…まあ、お前が言いたくないなら別にいいけど」

 別にいいけど、で一蹴できないくらい気になってしまった。

 私の、に続く言葉。

 私のことが好きなんですか? そう聞きたかったのか。気弱なくせに、大胆なことをする女
だ。

 本当にそうなら、俺はなんて答えただろうか。古村健次郎の顔を思い浮かべる。

 叶わない、という言葉が脳裏をよぎる。何が叶わないだ。そもそも何にも願ってねえし。

 張り裂けそうな心境で、浜までたどり着いた。

 初日に見たはずの『青バラ』に、いないはずの古村健次郎の手が、触れた。

 いや、正確には、古村健次郎のかざした手が、『青バラ』をすり抜けた。

 「昨日ぶりだね、足利駆くん」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み