2023年5月6日 夕方

文字数 1,289文字

 2023年5月6日 夕方

 俺はどうやら、爆睡をキメていたらしい。喉がカラカラだ。頭が重い。意識の大半は未だに眠
っている。

 冷蔵庫から冷えたコーラを取り出し、椅子に身体を預けて喉に流し込む。炭酸と低温の刺激に
より、意識は完全に覚醒した。

 夢を見ていた気がする。いい夢とか嫌な夢とか、一概に決めつけられない内容の長い夢。

 あいつも俺の前から消えたな。

 「対等にはなれなかったか、あいつも」

 この数年ではっきり分かったのは、この世の中には不確定な事象が存在するということ。簡単
に言えば、運によって才能が潰れるということ。育て方を間違えなければ確実に俺を超えるだろ
う足利駆は、1人の少女を知らず知らずのうちに傷つけたことで、心の芯が折れた。

 俺の判断も悪かった。それは認める。思春期の多感ゆえに、依頼に支障をきたさないために、
彼女の恩師殺しを秘密にしていた。クライアントである古村健次郎の意向に従ったまで、と言え
ば言い訳としては真っ当で、正当性は十分ある。

 運は、人が運んでくるのかもな。幾人もの人間が、いくつもの経歴、経験、感情、思慮などを
いくつも抱えてやって来る。依頼を受け実行に移す俺たちは、それに巻き込まれる。

 自然なことだ。自然ゆえに、未熟な俺たちは、受け止めきれなかった。いつもの立ち回りが出
来なかった。

 そういうことだ。

 誰のせいでもない。

 対等なんてものは存在しないんだな。

 同じ傷でも、俺とあいつでは痛み方が違う。痛みの度合いも違う。

 足利駆の欠点は、感情の波が強すぎること。仲間と思える人間を想うばかりにその代償も大き
い。

 感情を殺すことのできないあいつは、この仕事には向いていなかったかもしれない。

 「新しい人材を探すしかないか。ホント、偽物ばっかりで嫌になっちゃうよな」

 10年前に手に入れてから少し色あせた『キングカエルマン』を夕陽の差し込む窓に掲げる。
絶対に返事をくれない相手に弱弱しく問いかける。

 「ああ、めんどくせえ」

 「誰がめんどくせえって?」

 ポカンと口が空いた。

 「なに間抜けな顔してんだよ。ザコ神原」

 足利駆の表情からは無理して笑顔を作っているのが目に見えて分かる。

 「はいはい、そういう軽口はオレよりも強くなってから吐こうねクソガキ~」

 仕方がないから俺も調子を合わせてやった。

 「もう充分強いだろ、お前なんかより」

 「いやいや、まだまだ。毛も生えそろってないチンチクリン」

 「ざけんな、ボケ神原。まあ、それはそれとして、今回のことは、お前が俺に秘密にしたにし
ても、それは俺のためであって、つまりは俺に落度が…」

 「謝罪は受け付けてねえからなクソガキ~」

 俺は、バカのように大きな顔で相手の言葉を断ち切り、椅子を回転させてpcに向き直る。

 「結果で返せ。謝罪で逃げるな。本当に使えないやつだと判断したら即切り捨てる。それだけ
だ。…やれるだろ、『令和の怪盗』くん?」

 しんとした空間に、ふっ、と笑う声が微かに聞こえた。

 「わーったよ。俺に見下される日を覚悟しておきな、敏腕私立探偵殿」

 後ろのクソガキがどんな顔をしているか、だいたい想像できた。

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