君みたいに

文字数 1,152文字

雲一つない青空。

姉ちゃんと一緒に来れたなら、今日がどれだけいい思い出になっただろうか。

いい人ばかりが、損をする。

力を持った悪い人間が、他を巻き込む。

理不尽な世界。

沈み込む針本小毬。

「お前ら、一気に行くぞ! らぁぁ!」

歯噛みする足利駆。

足場の悪い、砂浜の上。彼女を持ち上げた走ったところで、広がった僕たち3人の誰かに触れら
れることは目に見えている。

足利駆。

聞けばこの男は、吹上氏の市長・足利守の次男で、三兄弟の中では一番落ちこぼれだという。

そんな彼が、この状況からどうやって彼女を救いだせるだろう。

誰もがそう思った。僕だって確信した。

足利駆が背中を向け、針本小毬を持ち上げた。無駄なあがきだ。

友田が近づく。

終わった。

彼らの負けだ。

 「黙って俺を信じてろ」

 「えっ、ちょっと! 足利さん!?」

 直後、この場にいる誰もが、息をのんだ。

 非現実的な現実。

 雲一つない青空に浮かぶのは、年不相応の華奢な女の子。投げられた一輪のバラのように美し
く、宙を舞った。


 足利駆がこちらに身体を向けた瞬間。

 「ぐえっ!?」

 友田が喉を突かれた。

 もう一度振り返り、宙を舞っていた少女をふわりと捕まえて、優しく下した。


 そして、再び、こちらを振り返る。

 ひざまずき、呼吸に苦しむ友田を横目に、足利駆は春田を一瞥した。

 「お前も喰らってみるか?」

「じょ…、冗談でやってるだけだろ!? くそっ!!」

 春田が逃げ出した。

 取り残された僕へ、足利駆がゆっくりと近づく。

 「出たよ、冗談のノリ。自分らが不利になったらそう言って誤魔化すんだろ。クソだせえ。…
で、お前はどうすんだ?」

 楽しそうだった。不利な盤上をひっくり返したおかげか、ハイになっていた。返答次第では友
田みたく半殺しにされるだろう。

 「僕は…」

 なのにどうして、僕は、こんなにも気分が良いんだ。

 …そうだ。

 「僕は、君みたいになりたい。そうだ、君みたいに強くなりたいんだ」

 自分の置かれた立場なんてお構いなしにぶち壊して、乱暴に女の子を放り投げて、友田みたい
に強そうな男の喉を遠慮なく突いて、やりたい放題やって、めちゃくちゃやって、なんとも形容
しがたい自由人に、この人みたいに、なりたい。

 今までずっと、理不尽な運命を憎んできた。

 それがどうだ。今では、あまりにも馬鹿馬鹿しい男の手によって、こうもあっさりと断ち切ら
れてしまったではないか。

 「意味わかんねえよ」

 目指すべき人間像が、首をかしげて疑問符を浮かべた。

 そして聞こえたのは、風見風香の一喝。天川夢に訴えかける勇気の音。

 「一発は一発だから。私だって青バラなんか全く興味ないし。あんたが学校で、何人がかりで
私を責めようが、そんなクズどもの集まりなんかに絶対負けないから!」

 5月の浜風が僕の身体をひんやりと包んだ。
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