自己中

文字数 1,941文字

 5月26日


 駆くんは、2年何組だっけ。

 もしかして、私よりも年下だろうか。精神的に幼い部分が目立つから、きっと1年生の棟にい
るかも。それなら、私のことは『小毬さん』って呼んでもらわないと気が済まないかも。

 私は、片っ端から他クラスの生徒たちに彼がいる教室を聞いて回った、…なんてことは叶わ
ず、人見知りである私は、自分の机から動けずに、休んでいた分の課題に細々と取り組んでい
た。休んだ分のノートを見せてくれる友達すらいない私。長期的に休んでいても誰にも何も言及
されない私。

 3限の体育の時間になって、駆くんが隣のクラスであることが分かった。

 「欠席は足利だけだな」と体育の先生が確認を取る。

 休み…。

「はい」と授業が始まるまで数人でバスケをして遊んでいた男子が含みのある笑いで応える。

 嫌な感じだった。彼と、その友達らしき人たちだけではない。周り全体の空気に違和感を覚え
る。

 古村さんのせいで、ずっと体育の授業は見学だった私が、珍しく授業に参加しているからでは
ない。

 「足利のやつ、またカツアゲでもして捕まったんじゃない?」

 男子の方から聞こえる声。自分のことを指摘されたように心臓が揺れた。実際、あれは私のせ
いでもある。あそこで私がぶつからなかったら。

 「ははっ、ありえる」

 「親も兄弟があれだけできたら、グレるんだろうな」

 「かわいそう」

 悪い目つきだった。

 本人がいないところで勝手な想像を膨らませて、無責任にそれを他人同士で発散する、嫌な空
間だった。

 それなのに、私は何も出来ない。

 何も出来ないまま、規模が膨らんでいく。先生も、咎めることなく、むしろ笑っているように
も見える。

 駆くんは、悪い人なのだろうか。

 「女子の下着とかも盗んでんじゃね?」

 「ええ! それはマジでヤバいんだけど!」

 根拠も確証もない事実に笑いだす女子たち。

 「違う!!」

 声が、体育館に響き渡った。

 数十人もの視線が一気に集まった時点で、自分がもう後戻りできないことを悟った。しかし、
それでもいいと、平気で思えてしまえるくらいには、駆くんのことを好きになっていた。

 「みんな分かってない」

 駆くんの苦しみ。自己中だけど、他人のために本気で頑張れてしまうところ。『令和の怪盗』
として、なりすましや刑事事件の危険にさらされながらも、他人のために闘ってる。最終目標
は、自身が強くなるためだけど、それでも行動している。結果を出している。だから私が、今日
の体育に参加できる。真実を知らなければ、今日のフォークダンスの練習だって経験できなかっ
た。

 「足利くんは、…駆くんは…」

 言いたいことがたくさんあるのに、溢れ出す涙がそれを阻んだ。

 何事かと興味本位で私を覗き込む無数の目。そこから初めて、恐怖心を覚えた。口火を切って
駆くんを罵った男子たちのほうを見たくない。

 覚悟する。私も嫌われる。堂々と学校に通えていた駆くんの肝の太さを、改めて思い知らされ
る。

 「そ、そうだよ!!」

 目を見開いた。

 同調する声が、彼を否定する男子とは反対側の方から聞こえた。

 「足利は、悪い奴なんかじゃない! お、俺が東工の奴らにカツアゲされた時に、財布を奪い
返してくれたんだ! それで、警察に世話になって、あいつが悪い奴にさせられたんだ」

 悔しそうに、握りしめる拳。

 「俺が、東工の奴らに仕返しされるのにビビッて、足利が盗ったことにしたんだ!」

 「だっせえ」

 「連休明けによくこの学校にも顔だせたな」

 ケラケラと無神経な笑い声が鳴り響くが、『山瀬』と書かれた男子は怯まなかった。

 「お前らも俺と同類だ」

 それどころか、言葉で反撃した。

 「あ?」

 「んだと!?」

 案の定、思慮の浅そうな男子たちが、空腹状態の猛獣のような剣幕で山瀬君を睨みつける。

 「お前らだって、周りの空気を読んだり、自分より強そうな人間の言いなりになって、情けね

えんだよ! 足利は絶対に屈しない! 多少汚い手を使ってでも勝とうとするんだよ! 俺もお
前らも、あいつに比べれば下の下の下なんだよ!」

 「てめえこら山瀬!」

 「ぶっ殺すぞ!!」

 立ち上がり、男子たちと山瀬君が取っ組み合いの喧嘩を始める。「やめなさい!」と、さっき
まで愉快に足利駆批判を見送っていた先生が、今際の際で慌てふためていた。この人もおそらく
は自分の教師としての評価の下落におびえているのだろう。

 奇妙な状況下。

 足利駆という男が中心となり、生まれた喧噪。

足利駆派が、山瀬君だけじゃなかったことに安堵したのもあるけど、ここまでの異常事態を、一
人の男が作ってしまった。

生まれて初めてのフォークダンス、早くやってみたいのに。

 本当に、自己中な人。

 今の今まで涙を流していた私は、思わず笑ってしまった。


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