エピローグ

文字数 1,688文字

 10月。

 僕は、結果を出した。

 大きな体育館。全校生徒の前で行った演説。こんな自分にも気さくに声をかけてくれた風見さ
んを生徒会長にしたいと、伝えた本心。

 海なりのような喝采を、今でも忘れない。

 11月。

 涼しくなった廊下を歩くと、『高取』と名前を呼ばれる。

 「おい、高取」

 「あ、友田君…」

 何か言いたそうに彼は僕を見据える。『もやし』のくせに出しゃばってしまったことを後悔す
る。

 あれ、彼はいま、僕のことを『もやし』って呼ばなかった?

 「悪かったな。いろいろ」

 ばつが悪そうに顔をそらして謝罪する友田。

 言葉の意外性に、思考が固まった。

 次は、笑い始める友田。侮辱なんかとは程遠い称賛の笑顔だった。

 「てかお前、あんなにかっこよくスピーチできるんなら前から言ってくれよ! 俺も生徒会長
に立候補したかったのによ~」

 「あ、いや、ええと。友田君の方がカッコいいって。スポーツ万能だし」

 「んなお世辞いらねえよ。とにかく悪かったってことだけ伝えとくぜ。言葉だけじゃねえから
な。お前が俺のことを許してくれるなら、何度か飯でもおごらせてくれ」

 友田、いや、友田君が部活へ行った。

 「やったじゃん、高取君」

 「風見さん」

 「ていうか、私も生徒会長になれるとは思わなかった。高取君のスピーチ様様ね。…すごかっ
た。まるでプロじゃん。素人の私でもわかる」

 べた褒めだった。慣れていない僕の心は崩壊しそうだった。気を抜くと顔がにやけてしまいそ
うだ。

 「風見さんだって」

でも、僕の力だけじゃない。

 「風見さんだって、頑張ったじゃないか」

 「え」

 「僕の力は、おまけのようなものだよ。応援演説する人じゃなくて、立候補した本人がダメな
人間だったら台無しなんだから。高取さんは、『もやし』って呼ばれた僕を、裏では思いやって
くれたじゃん」

 褒めてくれたから、そのお返しに謙遜しているわけじゃない。これは根っからの本心だ。

 「でも、表では天川たちと笑った」

 「そうだけど、受け取った相手、つまり僕がどう感じてるかが大事なわけで…。高取って呼ん
でくれたの、嬉しかったんだ。ありのままでいていいんだよ、って言われてる気がして、救われ
たんだ」

 「高取…、ありがとう」

 風見さんが笑った。あの人にだけ見せていた笑顔は、僕を魅了した。

 「かわいいな」

 本心が声に出てしまった。

 「え」

 風見さんが固まった。

 「ああ! ごめん! セクハラだよね!! これ!」

 慌てて訂正し、謝罪した。

 「別にそこまで言ってないし、むしろ、嫌、じゃないんだから…、高取君って、バカだよね」

 「そこまで言わなくても」

 「バカなものはバカなの! 応援演説者のくせに私の気持ちなんて全然分かってないんだか
ら…」

 顔を真っ赤にして、風見さんは部活へ行った。

怒られちゃったな。今度、売店でジュースでもおごろうか。いや、それで許してくれるかな。

 なんて楽観的に悩みながら、2学期でようやく図書委員の肩書から解放された僕は家に直行…
ではなく、事務所へ向かった。

 「あの話、まだ生きてますか?」

 「もちろんだよ。だって昨日伝えたばっかりなんだよ」

 所長が笑う。

 改めて、掲示板に貼られたA4サイズの『募集要項』に目を注ぐ。

 『「舞台・カエルマン~正義の怪盗カエルパンと奇跡の青バラ~」における主人公・怪盗カエ
ルパン役のオーディションについて』

 あの連休から4カ月、自分の過去と現在と将来を憎んだ僕は、声を磨き続けた。日課のように
続けていた習慣を再開した。

僕は何者でもない。この先だって何者にもなれないかもしれない。

でも、現時点で、僕は僕なんだ。

僕が僕である以上は、僕のやりたいようにやる。生きたいように生きる。ただそれだけ。

貫き通した4カ月間。そのおかげで、風見さんが生徒会長になり、無いものかと思われたチャン
スが到来した。

舞台なんてやったことないけど、演じるという分野なら、今の僕でも闘える。

「やってやるよ」

拳を握りしめる。

カエルマンになっても、なれなくても、どっちでもいい。ただ、今は、この緊張感とその先にあ
る勝負への興奮で、心臓が愉快に揺れた。
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