風見風香

文字数 990文字

 10月。

 大きな体育館。意を決して壇上に上がるのは、応援演説者。

 クラスメートからは『もやし』と揶揄される彼の背中が、今回ばかりは大きく見える。なぜな
ら彼には、才能があるから。

 「生徒会長になってよ」と周りに推されるがまま、とうとうこの日がやって来た。彼の言葉
で、私の今後が決まる。もしかしたら、私に勝手な期待を持つ人たちに落胆されるかもしれな
い。心の底で渦巻くのは、恐怖。

 でも、大丈夫。このドス黒い恐怖ですら、楽しんでみせる。駆や、小毬ちゃんのように、危機
を真正面から打ち砕いてみる。

 「あなた緊張してるの?」

 天川夢が、私を嘲笑う。彼女は、私に対抗するように生徒会長に立候補した。連休明けに天川
夢と大喧嘩したことで、一部の生徒の間で天川派と風見派という奇妙な派閥が出来上がってしま
った。それは宗教のように大それたものに膨れ上がり、天川派の人間と風見派の人間が友好関係
を結んではいけない、なんて過激なルールもあったりするようだ。高校生なのに、こういうとこ
ろは本当に子供っぽくて、それに呆れてしまう。

 「別に」

 宿敵の前で見栄を張る私。本当は今すぐにでもこの場から消えたい気持ちなのに。

 「ふっ」と、天川夢は強がる私を見透かすように笑った。

 「大丈夫よ」

 「え」

 「あなたは、この私と面と向かって喧嘩が出来る恥知らずなんだから」

 「何その言い方」

 彼女の相変わらず失礼な物言いにムッとする。

 「ほら、見て見なさいよ」

 控室の裏からこっそり全校生徒を見やると、大きな模造紙を繋ぎ合わせたようなものを8人が
かりで持っている女子たちが見えた。

 『どんな人にも目を向ける。手を差し伸べる。思いやりの塊。風見風香に清き一票を』

 マジックでご丁寧に書かれた私への評価と指示の内容。

 「ほんっと、あんたって私以上に人たらしね。個室で1人ずつ洗脳でもしたのかしら」

 天川夢の呆れた声を横目に、私は涙が出そうになるのを堪えた。

 彼の応援演説が終わる。

 大きな拍手が、注がれる。

 再び、心臓が高鳴る。

 肩を、軽く叩かれる。

 「がんばって来なさいよ、風見風香。半端な気持ちで向かったら、まずこの私には勝てないん
だから」

 「言われなくても」

 私は宿敵の言葉に一笑し、登壇した。


△△△△△△△△

作者から

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