なんで

文字数 2,503文字

 5月5日 こどもの日

 「おせえぞもやし!」

 集合時間の10分前に来たのに、僕は遅いと言われ、友田と春田に頭を叩かれた。全員そろっ
ていた。男子2人は天川夢に嫌われないために早く来たわけか。

 「もやしくんがもっと早く来れば、一本早い船で行けたのになぁ~」

 天川夢が厭味ったらしく笑う。

 「お前は昔からトロかったもんな」と友田が同調して笑う。中学時代からの知り合いってだけ
で僕のことを知っているような言い回しをしてほしくない。お前とは別に友達でも何でもないの
に。

 「ああ? 今睨んだか?」

 「い、いや、睨んでないよ…」

 こんなやつにも逆らえない僕は、本当に無価値な人間だ。

 風見風香も、男子たちの誰一人にも興味無さそうにスマホを操作していた。

 帰りたい。こいつらがいるから。

 もう、学校にも行きたくない。こいつらがいるから。

 あの家にも、いたくない。姉ちゃんが死んだ理由を教えてくれない親がいるから。

 「早く青いバラがあるのか確かめたいなぁ~。本当に願いが叶うのかしら」

 青いバラの花言葉。

『夢かなう』『奇跡』『神の祝福』

そして、『不可能』。

存在するだけでも奇跡に等しいことがよく分かる。天川の話によると、僕の上にある青空と同じ
色をしているという。

手に入れれば、願いが叶うという。

願いが叶うなら、僕を見下すこいつらを、僕の夢を奪った子役を、僕を信用しない親を、何者に
もなれない弱い僕を…

殺してくれ。

青島に着き、風見風香が、男と楽しそうに話していた。前に付き合っていたらしいその男。どこ
かで見たことがある顔。喧嘩っ早そうなその男は、他の女と2人で島に来た。

ふうん、と心の中で頷くだけのはずだったのに、どうしてここまで…苦しいのか。

やっぱり死んでくれ、みんな。



△△△△△△△△



「誰が付き合うか、こんな女」

付き合っているのかと、カフェでの天川夢の問いに、全力で否定する2人。

「こっちから願い下げです。こんな自分のことしか考えてない身勝手な男」

「んだと?」

「だって、初対面の私をお前呼ばわりして失礼だし、お金にケチだし、栄養のことに細かくこだ
わってるし」

「おい」

 楽しそうだった。傍から見ていて、親密度が伝わってくる。

 足利駆と針本小毬。

 …足利駆。

 人違いだよな。

 彼に話しかけたそうな風見風香の顔を見て、慌てて逸らす。

 言うなれば喪失感。彼女の顔から見て取れるものはそれだけだった。

 友田たちが針本小毬に興味を示し始めた隙に、一縷の希望を掴み取らんばかりに、彼女は足利
駆に話しかけた。無理をして笑っているのがよく分かる。

 笑いかける彼女に一切の慈悲もなく、ただ彼は、小柄の少女を注視している。

 僕は、そんな関係の中にも入れない。魅力がないから認められない。

 「いってえ!! なにすんだよ!」

 友田の声が聞こえて、咄嗟にそちらを向くと、手を痛めながら足利駆を睨みつけている。

 「汚い手で触れるな。こいつに触れていいのは俺だけだ」

 言ってしまった。友田に喧嘩を売ってしまった。

 「ほら、さっさと用事済ませるぞ」

 そう言って、少女を連れて僕らを後にする足利駆。

 生意気そうな顔が、よく似ていた。

 僕からカエルマンの権利を奪った天才子役、足利優に。

 『さくっと終わらせますか』と、カエルマンの仕事を自分が掛け持ついくつもの仕事の一つと
して軽んじ、処理した。

 だから僕は、あいつも許せなかった。あいつの家族も、憎むべき人間たちと一緒に死んでくれ
たらいいのにと、本気で呪った。

 「すっごい失礼だったんだけど、あの子たち!」

 天川夢の苛立ちで我に返る。

 「まあまあ夢ちゃん。悪いのは俺たち男子だったし、気を取り直して青バラを探そうよ。
な?」

 友田がなだめようと試みるも、

 「許せないんだから…」

 友田ごときの言い分を相手にもせず、天川夢は怒りの矛を収めない。

 「風香ちゃんが悪いんだからね」

 その矛先は、どうしてか、風見風香に向けられた。そして、どうしてか、まるで自分のことの
ように心臓が圧迫された。

 「風香ちゃんがあんな人たちを私に紹介したのが悪いんだから」

 「そうよ、夢ちゃんの言う通り」

 「風見が失敗したんだからな」

 なんでだよ。

 心の中で叫んだ。

 風見風香は悪くない。君たちが勝手に彼らを巻き込んでここまで連れてきた挙句、初対面の人
のテリトリーにあれだけズカズカ侵入しようとした。全部、君たちの責任じゃないか。

 …言いたい言葉は、1つとして外界に出てくれない。腹の底でうずくまっている。

 どうせ僕なんかの言葉は一蹴される。

 言い訳だった。

 どうせ聞き入れてくれないからと、闘う勇気がなかった。いつだって、誰かの言いなりになる
たびに、権力とか腕力が僕の正論を抑えつけていると、言い訳していた。

 「ごめん」

 なんで風見さんが謝るんだよ。

 弾かれるように、言葉が出てきた。

「あ、あのっ!」

気付くと僕は、天川夢を見ていた。一秒以上、目を合わせたのは初めてだ。こちらが尻込みする
くらいの剣幕。今にも怒号が飛んできそうだ。

それでも、僕だって引けなかった。謝る必要のない人が謝るのは、どう考えたっておかしいか
ら。

「天川さんたちにだって非があるんじゃないの? 無関係の2人を誘っておいて、彼らが明らか
に嫌がってることをして、誰も止めに入らないで…」

 「はあ?」

 鋭い視線が、さらに切れ味を増す。精神を切り裂く視線。

 友田に殴られた。

「友田、ちょっとやりすぎないようにね~」

「分かってるって。ほら、立てやコラ」

頬を2度叩かれ、前蹴りを腹に当てられ、背中を壁に打たれた。

きん、と耳鳴りがする。息が苦しい。殴られた所が特に痛い。打撲しているだろうか。

天川夢が不敵に笑った。周りのやつらも、友田も、針本小毬が触れられることを過剰に恐れてい
るから、必要以上に触れてやろうというのだ。心を破壊しようというのだ。僕がいま受けたもの
なんか比べ物にならないだろう暴力を、あんな小柄で華奢な女の子に与えてやろうというのだ。

「やめて」

 風見風香の声は届かない。

 「もやし、早く立てよ」

 友田の声に逆らえず、僕もまた、彼女を傷つける作戦に参加することとなった。
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