2013年 4月

文字数 3,519文字

2013年 4月

 今年のゴールデンウイークは4月27日の土曜日から休みになるため、10連休という破格の
長さを誇る休みとなる。

 クラスの連中の大半は、長い休みに比例した莫大な課題などにも目もくれず、目先の快楽だけ
に期待をはせていた。

 しかし、課題がどれだけ多くなろうと、俺には関係ない。

 俺、神原陸斗は、自慢になるが、学校の勉強は少し暗記し思考するだけで難問だろうが応用問
題だろうが簡単に解いてしまえるから、今回の課題も、ざっと目を通したところ、頭を抱えて悩
むような内容は皆無だった。

 しかし、課題がどれだけ簡単で、それでいて休みが長かろうと、俺には関係ない。

 「神原くん誘っちゃおうかな」

 「いやいや、神原は俺たち男子と遊ぶんだから、女子どもは引っ込んでろ」

 「あんたたち、自分たちがモテないからって、そうやって神原くんの足引っ張ってるんでし
ょ?」

 「はあ? ちげえし! モテねえからこそ他校の女紹介してもらうんだよ!」

 興味がなかった。

 口を開けば恋愛だの喧嘩だの、下らない話に興味を持つこいつらにも。

勉強と運動だけが主な評価基準の、学校という狭い世界にも。

 多分それは、また自慢になるが、俺がそれらをすべて手に入れているからだと思う。

 身長は男子たちと比べて高い方になるし、そのおかげか運動にも苦労しない。この間はバスケ
部の助っ人で出た練習試合でチームの得点の大半を単独で取った。

 それ以外にも、俺は何かと器用らしい。カラオケやUFOキャッチャー、大富豪に神経衰弱な
ども、他のやつらから上手すぎると言われた。

 俺は、自他ともに認める天才だった。『神の神原』などという下らないニックネームは、住ん
でいる地域に広がり、ゴールデンのテレビ番組で芸能人に色々と質問されたことがある。

 異性から好まれ、同性から羨ましがられる容姿で、俺は人気者になってしまった。

 「なあ、神原は、俺たちを選ぶよな?」

 「絶対無理! 神原くんは私たちと遊ぶんだよ!」

 周りからすれば至極贅沢な悩みだが、俺は常に、他人から見上げられる立場で、それが気持ち
悪かった。対等な人間もいなければ、見下してくれる人間もいない。たまに人生ハードモードだ
とゲームの難易度に自分の境遇の過酷さを例えるやつがいるが、俺はその逆、人生ベリーイージ
ーモード。

 挫折のない退屈な毎日。それ故に、本当に欲しいものが分からない。達したい目標がない。

 長い連休もきっと、刺激のない無価値で空っぽな日々に違いない。

 そう思っていた。


△△△△△△△△△△△△


 当たり前のように歩いて生きた通学路。親との衝突とか友人関係の崩壊などがあれば、きっと
見え方の違う道で、心が弾むんだろうな。

 変わらない。大きくて立体的な写真の上を歩いているようだ。

 少し歩けば都会へと繋がる小さな町。都会に近いくせに静かでつまらない町。せいぜい新鮮味を感じるものは、建設が終わり、新たにオープンしたスーパーマーケットくらいか。スーパーマーケットだって、他の店舗が近くにあるし、ここに住んでいる主婦や一人暮らしの人間にはありがたいことだが、実家暮らしで家事とお菓子作りが大好きな母親を持つ俺には至極どうでもいい。

 他店舗と唯一違う点と言えば、ガチャガチャがあるくらいだ。時折、子供たちが母親にしがみ
ついて懇願し、もらった100円玉で数ある機械の1つに投入し、ハンドルを回す。

 気付くと俺はしゃがんでいて、子供の手に届きやすい投入口に100円玉を入れようとした。

 適度に固くて回しがいのあるハンドル。ガチャガチャと透明な箱の中に混在する球体をかき混
ぜる音。物品を手に入れる過程すらも娯楽のように楽しめる。

 小さな出口から、球体の一つが出てくる。手に取り、蓋を回すように球体を開ける。

 ふっ、と笑みがこぼれる。透明な包みに覆われていたのは、緑色のカエルのキャラクターだっ
た。

 本物とは程遠いコミカルな顔つきで、二本足で立つカエル。体表はレモンのように黄色い。頭
頂部に王冠を付けていて、黄色い素肌から赤いマントを直接羽織っている。

 無意識にガチャを回した俺は、初めて機種の内容を注視する。

 『カエルマンⅡ』と大きく書かれたタイトル。下部には、数種類のカエルのキャラクターたち
が載っている。

 影のように真っ黒なシルエットは、シークレットという扱いだろうか。

 「あっ! ああっ!」

 悶えにも近い声が、近くで鳴り響く。

 不意を突かれた俺は、すぐさまその方向を見やると、この辺の学校とは違う制服を着た女子
が、口を開けたまま指を差し、震えるように立ち尽くしていた。

 向けられた指先をよく見ると、俺の手元を指していることが分かり、なんとなく察しがつい
た。

 「そ、それは! キングカエルマン!?」

 「あん? そんな名前なの?」

 彼女にとっては宝物らしいカエルを、ボブショートのぱっつん前髪の高さに掲げてみせると、
恐れおののくように後ろへ一歩後退した。

 「カエルマン界隈では今回のシークレットは王様の姿をしたカエルマンっていう推測がカエル
マン研究部で囁かれてたけど、まさか本当だったとは…」

 「そんな部あんのかよ」

 発言と挙動がいちいち大げさだな。だから俺は、幼児のように前のめりでカエルマンを見つめ
る女に、すっかり気を許してしまった。

 「やるよ」

 「えっ!?」

 「やるよ」

 「聞こえてますけど…、良いんですか? だってこれ、1つの台で入ってるか入ってないかの代
物ですよ? つまり超絶スーパー激レアなんですよ?」

 「あんたの熱意と言い分はしっかり伝わってるよ。その上でやるって言ってんだ。ぶっちゃけ
ると、俺が持っても無価値だから、こいつの価値をちゃんと見いだせる奴が持ってた方がいいだ
ろ」

 「…」

 黙り込む女の手を取り、少し強引にキングカエルマンをねじ込んだ。

 「ありがとう、ございます」

 「そうそう、それでいいよ。俺、神原陸斗。北高に通ってる。1年な」

 「あ、私、高取琴音。ええと、西高の2年生」

 「おお、先輩だな! よろしくな、高取さん!」

 「ああ、うん。あ、私、用事があったんだった。ごめんなさい」

 一期一会、という言葉が頭に浮かんだ。心に生まれたのは、空白感。

 「なあ、高取さん!」

 急いでいる相手を衝動的に呼び止めてしまった。

 「あんた、ここでガチャやったりすんの?」

 「ええと、まあ、うん」

 「そっか。楽しそうだな」

 俺は何を言いたいんだろう。つまらないことで呼び止めてしまったことを後悔した。そんな俺
の曖昧な心を読み取るように、高取琴音はぎこちなく笑い、言った。

 「か、神原くんも、カプセルトイに興味を持ったら、またここに来るといいよ。すごくワクワ
クするから」

 じゃあね、と控えめに挙げた手を下におろすと、今度こそ踵を返して帰路へ早歩きを始めた。

 また、か。

 いつも歩いている帰り道は、今日は少しだけ特別だった。


△△△△△△△△△△△△


 「ただいまー」

 高級ホテルの一室のように埃一つ見当たらない廊下を歩き、ゴミ1つ散らかってないリビングに入り、相変わらず手際のいい母親に声を掛ける。

 「あら陸斗、おかえり~。今日は唐揚げよ」

 きつね色に焦げた衣と、漂う醤油の香りを知覚するだけで、食欲が激増する。掃除に料理、家
事全般に関しては母親も大概天才と呼べる。難関の私立大学を卒業した経歴もあり、学術におい
ても隙が無い。欠点と言えば、年ごろの息子に対して少し過保護で過干渉なところくらいだろう
か。

 「今日は食べてきてないみたいね」

 唐揚げを素手で掴む俺の胸中を見透かした発言。「今日は一人が良かったんでな」とクラスの
人間の誘いを断った情景を思い出しながら唐揚げを口へ運ぶ。下手な弁当屋のよりも美味い。

 「いいことでもあったのかしら」

 「なんで?」

 「だって、鼻歌が聞こえるから」

 「はあっ!?」

 無意識に、俺の気分は上々で、それが外界に漏れていたらしい。こういうところを放っておけ
ばいいのに、いちいち詮索してくるところが面倒だ。

 「もしかして、彼女でも出来たの?」

 「ち、ちげえよ!!」

 すぐそういう方向へと舵を切る母親。

 出会ったばかりの高取の顔を思い出しそうになる。俺は誰にも恋愛感情なんて抱かない。告ら
れた相手と仕方なく付き合ったりはしたが、その誰とも長くは続かなかった。よって俺は、恋愛
なんかに興味はないということだ。

 「出来たら今度こそ私とお父さんに紹介して頂戴ね? 陸斗が迷惑をかけてるかもしれない
し、たんとご馳走してあげたいんだから」

 「ちげえって言ってんだろ! ババア!」

 鬱陶しい母親の勘違いを遮るようにリビングを後にした。


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