無力な私

文字数 1,649文字

 「すっごい失礼だったんだけど、あの子たち!」

 激昂する夢ちゃん。

 「まあまあ夢ちゃん。悪いのは俺たち男子だったし、気を取り直して青バラを探そうよ。
な?」

 「許せないんだから…」

 友田ごときの言い分を相手にもせず、夢ちゃんは怒りの矛を収めない。

 「風香ちゃんが悪いんだからね」

 その矛先は、案の定、私に向いた。

 「風香ちゃんがあんな人たちを私に紹介したのが悪いんだから」

 「そうよ、夢ちゃんの言う通り」

 「風見が失敗したんだからな」

 夢ちゃんが私を攻撃し始めるや否や、さっきまで縮こまっていた女子と友田が意気揚々と加勢
する。

 「ごめん」

 相手を刺激しないように謝るのは得意だった。今回も自然に表情を作ることができた。

 あなたたちだって、興味津々で駆たちのこと見てたくせに。夢ちゃんを絶対とするこの集団で
は、夢ちゃんが不快になれば、原因となる悪人を作って、その悪人は必ず非を認める。そういう
ルールになっている。

 今の私なんかにプライドなんかなかった。

 駆を振った時も、本当は嫌なはずなのに。周りの評価が怖くて、切り捨てた。誰の目も気にし
ない駆のおかげで、私も少し変われるかも。そんな微かな希望

私は友達を選んだ。確実な平和を選んで、ズルズルと、その性質を捨てきれないまま、駆がよく
口にしていた『凡人』の一部として生き続けるんだ。

風見鶏のように強い人間に脅えながら機嫌を取り続けるこいつらと、私は一緒。

「あ、あのっ!」

白くて細い、注視しなければ女子に見間違われてもおかしくない男子が、覚悟を決めたように言
った。

「天川さんたちにだって非があるんじゃないの? 無関係の二人を誘っておいて、彼らが明らか
に嫌がってることをして、誰も止めに入らないで…」

最後は自嘲を兼ねながら萎む声音。

案の定、夢ちゃんはブチ切れた。太くて長いゴムがバチンと切れるような緊張感。

「はあ?」

彼女は、たったその一言だけで、彼の決死の発言を無力化した。

そして、友田に殴られた。

「たか…!?」

名前を呼び掛けて、慌ててつぐんだ。気に食わない人間は蔑称で呼ばなければならないのが、こ
の集団のルール。

「友田、ちょっとやりすぎないようにね~」

「分かってるって。ほら、立てやコラ」

最低だ。

彼は、私のことを守ってくれたのに。私は見て見ぬふり。何度も頬を叩かれる。あんなくだらな
い男に腹を蹴られる彼を、私はただただ見過ごしている。

 「ていうか、こんなもやしに当たったところで気分が晴れるわけじゃない」

 その声で、暴力を止める友田。

 「あの女。針本小毬だっけ?」

 嫌な予感がした。

 「男子から詰め寄られたとき、明らかに反応がおかしかった。言ってしまえば、病的な?」

 夢ちゃんが口を吊り上げた時が、一番良からぬことを企んでいるとき。通学のバスで、大声の
通話を指摘した男の人を痴漢冤罪の罪で人生崩壊させて、やりすぎたと自重することなく腹の底
からそれを笑うような非情な女に、駆たちは目を付けられてしまった。

「単純に男を知らない処女じゃねえの?」と、友田。

「襲われた経験があるんじゃね? トラウマ的な?」ともう一人の男子。

「どっちでもいいわ」

夢ちゃんが痺れを切らしたように男子に視線を送った。

「触っちゃえばいいのよ、あの子に。心の傷が既にあるなら抉れるし、心の傷が未だにないなら
新しく付けられる。早く見てみたいな~」

頭の中に浮かべた最悪の想像が、実現してしまった。

駆が多分、大事に思ってるあの小さく、か弱そうな女の子。

「やめて」

声が出た。出てしまった。

私の失言に、夢ちゃんは何も言わなかった。

彼女はただ、席を立ちあがり、私に近づく。

パン、と音が鳴り、頬が空気で沁みるような痛みを感じた。

頬を叩かれただけなのに、胸が苦しくて、息を吸って吐くことすら困難になりかけた。

脳が、身体が、万全に機能しない。それらは恐怖に支配され、もう何も言えなくなった。

「さー! お友達が1人減ったところで、お出かけよ! 楽しい思い出にしようね~」

逃げて、駆。

無力な私は、祈るしかなかった。

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