×月×日

文字数 705文字

 ×月×日

 アオイ先生が死んだ。

 死んだことを誰かにはっきりとそう言われたわけではないが、小さな穴がたくさん空いている
ことから、先生の死を感じ取った。

 死んだ、なんて責任から逃れるような言い方はズルい。

私が殺した。

私が避けられなかったから。

本当に私にはトゲがあるんだ。

「大丈夫だよ、小毬」

健次郎さんの言うとおりだった。私には見えないトゲがあった。

好きだったアオイ先生。

毎日、私の頭を叩いた母親とは逆に、私の頭を毎日やさしく撫でてくれたアオイ先生。

死んだ。

新しくできた男の居場所へ行った母親も、こんな顔をして死んだのだろうか。そんなことは、ど
うでもいいけど。

 「健次郎さん」

 触れてはいけない事に気付いた私は、寄り添うように彼の名前を呼んだ。

 助けを乞うように、名前を言うだけで安心した。

 「大丈夫、大丈夫だから」

 彼の『大丈夫』が、私の心を支える。

 「『青バラ』を信じて、一緒に待とう」

 1世紀に1度限り、短期間の命を宿す青バラ。

 一縷の望みを、この人となら、永遠に待てる。

 「健次郎さんは、どこにも行かないよね?」

 覆いかぶさる不安が、私に余計な一言を言わせる。

 「離れないよ。ずっと一緒にいよう」

 嬉しかった。

 その証拠に、目が溶けて落ちるように涙が溢れ出た。

 『ロゼの目』と呼ばれる真っ黒な鏡。そこから覗く灰色と漆黒の眼。映し出された全身に緑が
浸食し、髪は赤く染まる。

 赤と緑が、私のすべてを覆いつくした時、いつかの時代の、『最初のロゼ』のように、多くの
人を殺す禍になる。

 なんとしてでも、『青バラ』を見つけ出す。

『青バラ』に善人だと認めてもらう。

 大好きだったアオイ先生に、誓うように拳を握り締めた。

 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み