山の仕立て屋さん

文字数 2,185文字

 大きな山のてっぺんに、その仕立て屋はありました。お店を切り盛りするのは、山で一番大きなクマさんです。クマさんの作る洋服はとても丈夫で立派だと、山の皆に大好評でした。その評判を聞きつけた動物たちが、遠くからはるばるやって来るほどでした。
 そんなある日、いつものようにお店を開く準備をしていたクマさんを、誰かがとても大きく太い声で呼びました。
「とても丈夫で立派な洋服を作ってくれる、クマさんの仕立て屋はこちらですか?」
「はい、そうです。ここがクマの仕立て屋でございます。どうぞ遠慮なさらず、入って来てくださいな」
と、クマさんが言いますと、大きな声のお客様は困った様に言いました。
「そうしたいのはやまやまですが、私はとても大きいのでお店に入ることができないのです。どうかお店の中から出て来て頂けないでしょうか?」
 クマさんは自分のお店に入れないぐらい大きいと聞いて、「自分も大概大きいけれどそんな大きなお客様もいるもんだなぁ」と少しびっくりしました。ですがすぐに、「かしこまりました。ただいまそちらへ参りましょう」と返事をしました。
 それでもどんなお客様かわかりませんので、クマさんは恐る恐るドアを開きました。するとそこにいたのは、所々黒い模様のある洋服を着た太陽でした。その体はクマさんのお店をすっぽりと包み込むぼど大きく、確かにこれでは入ってこれない訳だとクマさんは納得しました。しかし、太陽が自分の所へわざわざやって来るなんて、一体どんな用なのだろうと不思議にも思いました。
「実はクマさん、私はそろそろ洋服を新しくしようと思っておりまして。それであなたの所へ来たのです。見てくださいよ、私の着ている洋服を。所々黒く焦げているでしょう?古くなって、私の出す熱に耐えられなくなってしまったのです」
 なるほど。どうやら黒い模様に見えていたのは、太陽の熱で焦げた跡だったようです。
「……どうでしょう?どんな高い熱にも燃えず、私の体の大きさにピッタリと合ってしかも長持ちする洋服を、作ってはもらえないでしょうか?」
 じっとこちらへ期待の眼差しを向けて来る太陽に、クマさんはどうしたものかと少し考え込みました。そうして一つ頷くと、太陽を見上げて言いました。
「分かりました。なんとかやってみましょう。えぇっと、『どんな高い熱にも燃えず、太陽さんの体の大きさにピッタリと合い、しかも長持ちをする洋服』ですね」
 間違うことなく自分の注文を繰り返してくれたクマさんに、太陽はにっこりと笑って頷きました。
「そうです、そうです。そんな洋服です!」
「かしこまりました。それでは、ちょっと失礼しますね」
 そう言うと、クマさんは太陽にあっちを向かせたりこっちを向かせたりして、洋服を作るのに必要な計測を全て行いました。
「はい、オッケーです。洋服ができるのは一週間後になります。その頃になりましたら、また来てくださいね」
 クマさんがにっこりと笑って言うと、太陽は「よろしくお願いします」とお辞儀を一つ、空へと帰って行きました。

「よし。頑張って、必ず太陽さんに気に入ってもらえる良い洋服を作るぞ!」
 クマさんはまず、山にある一番硬い石を取って来てドロドロに溶かしました。そこへ溶かしたロウを流し入れて良く掻き混ぜ、お店にあった白い丈夫な植物の繊維で作った糸を漬け込みました。それが冷えるのを待って取り出すと、糸はすっかり灰色になっていました。手で摘まんでみると、それは前よりも硬く丈夫でしっかりとしています。クマさんは満足そうに一つ頷くと、その糸に金色に光る蝶の粉を丁寧に振りかけていきました。そして出来たキラキラと光る糸で、クマさんは一反の布地を織り上げました。それは、クマさんの体の何十倍もある大きな大きな布でした。その布をお店いっぱいに広げると、「ではでは、」と小さく呟いて、クマさんはさっそく布を切り始めました。そうして作業は昼となく夜となく続き、とうとう一週間目の朝になりました。
 約束通り太陽はやって来ると、お店のドアをドンドンと叩きました。
「クマさん、クマさん。私です。太陽です。約束通りやって来ました。私の洋服は出来ていますか?」
 すると待っていた様にドアが開き、中からピカピカに光る洋服を持ったクマさんが出て来ました。
「出来ていますとも。どうですか?素敵な洋服でしょう?そんな高い熱にも燃えず、太陽さんの体の大きさにピッタリと合って、しかも長持ちをする洋服です」
 差し出された洋服を大喜びで受け取ると、太陽はその場でさっそく着てみることにしました。すると前の服よりもピッタリと体に馴染み、黒い焦げ跡が出来る様子もありません。
「やあ、これはすばらしい!気に入りました。クマさん、ありがとうございます!大事に着させてもらいます。本当にありがとう!!」
 そう言うと、太陽はクマさんに小さなパール色に輝く雲の塊を一つ渡して、空へと帰って行きました。クマさんは太陽が見えなくなるまで見送ると、青空のお金らしいその雲で、さっそく新しい洋服作りに取りかかりました。それは雲のようにふわふわと柔らかく、空気のように軽い洋服になり、クマさんのお店の人気商品の一つになりました。
 そうして今も、大きな山のてっぺんにあるクマさんの仕立て屋は、たくさんの動物たちが訪れる、大人気の仕立て屋なのです。

 おしまい

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