海の仕立て屋さん

文字数 2,301文字

 ユラユラと揺れる波の、ずっとずっと下の方。深く青い海の底に、そのお店はありました。色とりどりの服が並ぶ、そこはカニさんの営む仕立て屋です。お客様は美しく神秘的な魚たち。カニさんの作る洋服は鮮やかでふんわりと軽く、海中を泳ぐとそれはそれは美しいと評判のお店でした。

 そんなある日、今日もたくさんのお客様が訪れ、そろそろ店じまいをしようとカニさんが片付始めた時のことです。凛と響く、澄んだ声がカニさんを呼び止めました。
「遅い時間にすみません。こちらは鮮やかで軽く、美しい洋服を作るカニさんの仕立て屋でしょうか?」
「はい。こちらは確かにそうでございますが……」
 カニさんがそう声の聞こえた店の入口へ向かって返事をすると、ドアの外でなにやら光りがチラチラと動きました。
「私は月と申します。海の魚さんたちから、カニさんの仕立て屋の評判を聞いて、夜空からやって参りました。どうか外へ出て来てはいただけないでしょうか?私の体は大き過ぎて、あなたのお店に入ることができないのです」
 カニさんはお月様がまさか自分の店に来るだなんて思いもよらず、半信半疑のままドアをそろりと開きました。すると、確かにそこにはキラキラと眩い光に包まれた、白くまん丸なお月様がぷっかりと浮かんでおりました。
「実は友達の太陽さんと、今度会う約束をしているのですが、彼は服を新調したらしく、それを着て見せに来るといっているのです。そこで私も、この機会に新しく服を作ろうと思いまして。魚さんたちに人気のある、あなたのお店をこうして尋ねて来た次第です」
 もじもじと話すお月様に、カニさんはにっこりと笑っいました。
「それは、それは。ありがとうございます」
「つきましては、私の体にぴったりと合って、とても鮮やか。それでいてふんわりと軽い丈夫な服を、作ってはいただけないでしょうか」
 そう言って心配そうにじっとカニさんを見つめるお月様に、カニさんは力強く頷きました。
「かしこまりました。お月様の体にぴったりと合って、とても鮮やかでしかもふんわりと軽く丈夫服を必ず作ってみせましょう!」
 それを聞いたお月様は、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべました。
「それでは失礼致しますね」
 そう言うと、カニさんは首にかけていたメジャーで、お月様の体のサイズを隅々まで計測しました。そうして全て海草のメモ帳にしっかり描き止めると、満足気に鼻を鳴らしました。
「はい、OKです。服が出来上がるのに、五日はかかります。なので、五日後にまたいらしてください」
「わかりました。カニさん、どうぞよろしくお願いします」
 そう言ってペコリと頭を下げると、お月様は夜空へと帰って行きました。
「……よし。きっとお月様の気に入る、素敵な服を作って見せるぞ!」
 気合十分。カニさんはグッと鋏を握ると、まずお店の回りに落ちている、小さな星の欠片をたくさん集めました。星のかけらはよく夜空から海へと落ちて飛び散るので、海底にたくさん落ちていました。それを袋に詰めて叩き、更に粉々に砕きます。それらを海水ではない真水を張った桶に流し込み、そこへお店にあった海草の繊維で作った白い糸を漬け込みました。一日後にその糸を取り出してみれば、七色に変化するそれはそれは素敵な糸へと変わっておりました。その糸で、カニさんは七色に光る長く大きな布を織りました。
 その布を使って、カニさんはお月様の洋服作りに取り掛かりました。昼夜を問わず織続け、とうとう五日目の夜になりました。
 約束通り、お月様はカニさんのお店を再び訪れました。大きく長い腕を伸ばし、小さなお店の小さなドアをトントンと加減しながらノックしました。
「カニさん、カニさん。私です、月です。約束通りやって参りました。私に服は出来上がっているでしょうか?」
 すると待ちかねていた様にドアが開き、中からカニさんが出て来ました。その手には、七色に光り輝きレースの装飾がたっぷりと施された一着のワンピースがありました。
「できていますとも。お月様の体にぴったり合って、とても鮮やかで軽くて丈夫なワンピースでございます」
 そう言って差し出されたワンピースを、お月様は大喜びで受け取りました。そうして自分の体に広げて当てると、嬉しそうにユラユラ揺れてくるりと一回転しました。レースがふわりと動きに合わせてなびき、キラキラと光を周囲に放つ様はとても綺麗です。それにカニさんが見惚れていると、そのワンピースがいつの間にやらお月様を包む服へと変わっておりました。目の前で起きた不思議な事に、驚いてカニさんがポカンしていると、不意にお月様に呼ばれました。急いでそちらを見れば、お月様がとてもとても嬉しそうに微笑んでおりました。
「カニさん、ありがとうございます。このワンピースは私の体にぴったりと合って、とても軽く動きやすい。この素晴らしい服なら、太陽さんに胸を張って会いに行けます。本当にありがとうございました!!」
 そう言うと、お月様はカニさんに夜空のお金らしい、美しく輝く青い大きな星を一つ渡しました。そうして嬉しそうに鼻歌を歌いながら、いそいそと夜空へ帰って行きました。そのキラキラと光の尾を引く美しい姿を、カニさんは小さくなるまじっと見送りました。そうしてさっそく、いただいた青い星で新しい洋服を作ることにしました。どんな洋服にしようかと、ワクワクした気持ちで青い星を大事に抱えながら、カニさんはお店へと戻って行きました。

 ユラユラ揺れる波の、ずっとずっと下の方。深い深い海底で、カニの仕立て屋は今も、色とりどりの服が並ぶ魚たちに大人気のお店だと言う事です。

 おしまい

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