子供のサーカス

文字数 1,651文字

 年に一度だけ、僕の街にサーカスがやって来る。しかも、それは子供だけの子供のサーカス。それは丁度、こんな風に幕を開ける――

――開幕の言葉を朗々と語るのは、燕尾服に身を包んだサーカスで一番年上と見える目元だけの仮面を付けた一人の少年。
「ご多忙の中、ご来場誠に有難うございます。お調子者ピエロに曲芸、空中ブランコ。普通じゃちょっと見られない不思議な芸の数々を、今宵皆々様にお届け致しましょう!それでは、お待たせいたしました!始めに御覧頂きますのは、そっくり双子のシンクロニティー。鏡芸にございます!!」
 そのまま裏手へと引っ込んだ団長に代わり、瓜二つな少女たちが舞台上へと躍り出る。どちらも朱いレオタードに身を包み、一つの動きを一枚の枠を隔て寸分違わずこなしていく。それはまさに、鏡の世界の自分相手に一人の少女が躍っているような、妙な気持ちにさせられる。双子がうやうやしく頭を下げて舞台袖へ下がっていくと、待ちきれないとばかりに大きなトラと艶やかな衣装を纏った美しい少女が飛び出して来るのだ。そうして空中ブランコ、トランポリンに軟体者の曲芸と続き、いつも最後は白地に赤い水玉模様の衣装を身に着けた奇妙な顔のピエロの芸で締められる。
 そいつはお決まりの白塗り化粧を顔に施し、真っ赤に塗られた厚ぼったい唇をゆがめて気味の悪い笑みを浮かべている。舞台の中央まで来ると、ピタリとその場に足を止めた。すると、いつの間に来ていたのか、小さなピエロがその背後からひょっこりと現れる。何が起きるのかと皆が注目する中で、不意に君の悪いピエロがノコギリを何処からともなく取り出した。そうして客席に愛想を振りまく小さなピエロの頭を片手でわし掴む。掴まれたピエロはそれに全く動じず、未だ顔に人懐っこい笑みを湛えたままだ。それはノコギリの刃を首に当てられたとしても変わらない。更にその刃がギコギコと左右に動き、首を切り始めても笑ったままだった。
 切られている当人はそんな調子でも、当然観客からはどよめきと悲鳴が聞こえ出す。しかし気味の悪いピエロはその手をとめることなく、とうとう小さな頭を体から切り離してしまった。誰もが声を失い、それでも食い入る様に目の前の光景を見つめている。と、不意にピエロの腕が大きく振りかぶる。あろうことか、持っていた頭を観客席めがけ力いっぱい投げた。次の瞬間。客席は悲鳴と逃げ惑う人々の騒めきに包まれて――と、思われた。しかし、よくよく見れば首だったはずのものはいつの間にやら果物のスイカに変わっているのだ。床に倒れていたはずの小さな体はむくりと起き上がり、胸元を掴み暫く左右に揺れている。と、衣装の襟ぐりからポンと音が出そうな勢いで小さな顔が飛び出した。それはあの小さなピエロの顔で、瞬間、ワッとテントの中が歓声と拍手で満たされた。

 そうしてサーカスは終焉を迎え、明日になればもういない。大きなテントも何もかも。全てが一夜の夢の様に、寂しい広場へと戻っている。
 しかしサーカスが姿を消す頃になると、街からも何人か子供が姿を消している。どんなに必死に探しても、絶対に見つからないのだ。それなのに、誰もサーカスを疑わない。まるで始めからそんなものが来たことすらなかったかのように、誰もが口にしないのだ。それを親や友達に聞いてみても、皆一様に首を傾げるばかりで、終いには僕がおかしいのかと言う気持ちになってきてしまう。
 あやふやになったまま三年が過ぎた頃、またこの街にサーカスがやって来た。僕はその時気づいてしまったんだ。サーカスの団員の中に、以前失踪した子供たちが三年前の姿のままそこにいるってことに。偶々見かけた素顔の彼らが、舞台の上では化粧を施し芸を披露している。笑みを湛えるその顔が作り物のように見えて、あんなに楽しかったサーカスが恐ろしくて仕方がなかった。
 気づいてしまった僕を、サーカスはきっと許してくれない。幕が下りるその日が来たら、今年はきっと僕の番だ。

  END

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