非日常は突然に

文字数 1,826文字

「ちょっと待って。これは…そう!夢だね!夢!!」
 パンと手の平を打ち合わせ、自分に言い聞かせるようになるべく大きな声で言い放つ。そんな私へたくさんの視線が一瞬で集まった。不思議そうなものもあれば、驚いているものもある。不快そうなものも、見てはいけないものを見るような視線も中にはあった。しかし、それを気にかけている余裕はない。私はこの目の前にある現実をどう解釈したものかと考えることで、頭がいっぱいだったからだ。

 何が原因だったのだろうか?
 私はただ、いつも通り朝の六時に起きて、朝食を食べ、いつも通りワイシャツの上からでもわかるほどたるんだ父の腹へ軽い“痩せろビンタ”を食らわせてから、いつも通り高校へ登校しただけのはずだ。それはいつものことで、私にとってはごく当たり前のこと。
 なのに、元気よく『おはよ~!!』と開けた教室の光景は、いつも通りとはかけ離れていた。
 そこにいたのは、人間以外の動物たちだった。キリンにカバに猫に犬等々。それらが等しく二本足で立ち、人間と変わらぬサイズで私の通う高校の制服を着てそこにいた。どこを見ても、人間は私しかいない。

――そうして冒頭に戻るわけだ。
 もう、これは私が寝ぼけて見ている夢としか思えない。今思い出してみれば、服からのぞく母の手や、ペンと叩いた父のお腹の感触がどことなく毛むくじゃらだったような気もする。
「……うん」
 一つ頷くと、私は静かに教室の扉を閉め、一目散に保健室へと駆け出した。
 もう一度寝て、目覚めればきっと世界は元に戻るはずだ。そう、何も根拠のない結論に一人で納得して一人で何度も頷く。
 過ぎ去って行く廊下の景色の中に、ふと掲示板に貼り出された一枚の新聞が目に止まった。
「……え?」
 全力疾走していた足が、思わずその場で止まった。新聞の一面をでかでかと飾るその記事の見出しが、私をその場に引き止めた。
 肩で息をしながら、ふらりと歩み寄る。
「……うそ……」

 『人類ついに滅亡!!最後の“人間”死亡と政府発表』

 無意識の内に手が伸び、私は新聞を掲示板から破り取っていた。
 食い入るように内容を読んでみると、それは政府で保護されていた最後の人間がつい最近死亡した旨を告げていた。死亡した人物の詳しい身の上は何も書いておらず、ただ死亡したことと、それによる人類の滅亡とそこまでの経緯やそれに対する世間の様々な意見等が記事の大半を占めていた。
「…ははっ。あはははっ!!!!やっぱり夢だよ!こんなの、こんなの現実なわけがない!!!!」
 叫んで手に持っていた新聞を思い切り半分に引き裂いた。引き裂くと同時に、私は再び走り出していた。早く、保健室へ行ってベッドで寝なければ、早く目を覚まさなければ。だってこれは夢なのだから。眠って夢から覚めなければ。早く、早く早く早く!
 視界に捉えた保健室のドアを、力いっぱい音を立てて開いた。驚いて目を丸くしている白衣のヤギに構うことなく、ズンズンと奥のベッドへと早足に向かう。背後で聞こえた焦ったような「メ~」という声を無視して、空いていたベッドの一つへと滑り込む。丁寧に掛け布団を被ると、私は夢から覚めるべくそっと目を閉じた。
 次の瞬間。

  ドォンッ!!!

 凄まじい轟音と共に、全身を強い衝撃と浮遊感が襲った。痛みに意識が遠のきながら向けた視線の先に捉えたのは、まるで鳥になって見下ろしているような遠く離れた地面の景色。そして、校舎の一部を破壊しその穴からはみ出した、ジャージを着た大きなアフリカゾウの姿だった。あそこは…さっきまで私がいた保健室の辺りではないだろうか。あのジャージからして、どうやらそれは私の担任の先生のようだった。大方、理由も言わず教室から走り去った私を心配して追いかけて来てくれたのだろう。あの先生は教育に熱心で生徒のことを第一に考えてくれる良い先生なのだが、熱意がありすぎて度が過ぎることがあるのがたまにきずだ。
……先生。心配して駆けつけて、生徒ごと吹き飛ばしていては意味がないです。
 (わたくし)、今わの際に決意致しました。もしも、次に“私”として目が覚めることがあったなら、元の状態に戻っていてもいなくても、絶対先生に

は一言文句を言おう!と。
 かすむ視界に、近づく校庭の地面。この後に訪れるどうにもならないだろう瞬間を思って、私はうっすらと笑みを浮かべ目を閉じた。
……もしも、本当にこれが夢じゃなかったら。これで正真正銘『人類滅亡』かな。

 END
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