三分間転生

文字数 2,001文字

「ぱんぱかぱ~ん!おめでとうございます!!」
「へぁっ?!」
 控えめな破裂音と共に、目の前を舞い散る控えめな紙吹雪。顔面にかかる細長い紙の帯の数枚をそのままに、満面の笑みで人の顔を覗き込んでいる女性を呆然と見上げた。
 っていうか俺、今何処で何をしていたんだっけ?
 ぼんやりとする頭をフル回転させ、自分が今行きつけのバーのカウンターで、一人寂しく酒を呷っていたことを思い出す。そして横から急にクラッカーの襲撃を受けたのが、つい今しがたの事だ。思い出したら、襲撃された方の耳が痛くなってきた。顔の近くでクラッカーの使用、ダメ、絶対!
「おめでとうございます!あなたに“異世界お試し転生ツアーしま賞”が当選いたしました!すぐにお試しできますが、いかがいたしますか?」
「は?は?いせかい、おためし、てんせっ……なんだって??」
 記憶を手繰りつつ半ば現実逃避していた俺を、さらに混乱に陥らせる言葉が投下される。
「心の濁った方を、全く別の新しい世界環境にご招待することで、その欝々とした気持ちをパーッと晴らしていただこうという企画にございます。そのお試し第一号に、見事当選されましたのがお客様なのです。(わたくし)はお客様が快適にツアーを満喫できるよう、影ながらサポート致します案内人にございます。短い間ですが、どうぞよろしくお願い致します」
「あ、これはどうも。ご丁寧に」
 綺麗な仕草で腰を折った女性に、俺も思わず頭を下げていた。
「って、違うよ!ちょっと待て。理解が追い付かない。神様が企画した異世界転生ツアーに?俺が当選ってどういうこと?いや、もう全部意味わかんないんだけど。言ってる言葉が、全部不穏要素満載なんだけど?!」
 食ってかかった俺に、女性は涼しい顔で懐から懐中時計を取り出しちらりと確認する。
「申し訳ございません。お時間が差し迫っておりますので、とりあえず転生してもらってよろしいですか?」
「ちょっ、は?えぇっ?!」
 パニックで語彙力を無くした俺に構わず、パチン!と女性が指を鳴らした瞬間世界が一変した。先程まで雰囲気の良い照明を落としたバーにいたはずが、見渡す限りの青空へと変わったのだ。
「ほ、ほぁぁぁぁっ!?」
 理解した瞬間、体を浮遊感が襲う。
「落ちる!?いや、落ちてない?!」
「落ちませんよ。ご安心下さい」
 慌てて手足をバタバタさせた俺に、女性は懐から金に光る腕輪を取り出し差し出す。
「この腕輪は、私との通信手段の様なものでございます。これをつけることによってなんの力も持たないお客様も、この世界における“魔法”の様なものが使えるようになります。使い方はとても簡単。ただ、お客様は思い浮かべて手を(かざ)すだけにございます。さあ、お付けいたしますので手をお出し下さいませ」
 幾何学模様が蠢く不思議な腕輪に思わず見惚れ、無意識の内に差し出した腕へ視線を向けた瞬間、目玉が飛び出るほど驚いた。何にって、俺の腕のうどんみたいな細さに。
「はあっ?!な、腕、腕が麺?!」
 にゅるると伸びた先に、もみじ饅頭みたいな小さな手がついている。それを気にすることなく、女性はその手首に腕輪をはめた。腕輪はすぐにその形態を小さく変化させ、俺のほっそい腕に違和感なく収まっている。…いや、もう視界に映る景色そのものが違和感しかないんだけど。
「あ、言い忘れておりましたが、この世界においてお客様の姿はあちらで言うところの、カップラーメンに手足と白い羽が生えた姿に転生されておりますのであしからず」
「は?!それ、なんて化け物!?どうやって、人とコミュニケーションを取れと?!」
 叫んだ俺に、女性は肩を竦めて溜息をついた。
「お試し転生のため、それしかご用意できなかったのです。申し訳ございません。しかし、空も飛べますし、なによりお腹も空きませんから食料もいりません。魔法も思うがままですから思う存分、この世界を救ってくださいませ」
「待って。今、最後に不穏な単語が聞こえたんだけど!?」
 待ったをかけた俺を意に介せず、女性はにっこりと笑みを浮かべた。その瞬間、俺の体(カップラーメン)は浮遊力を失いぐらりと傾いだ。
「それでは、『ドキッ!異世界転生!三分間でお手軽!カップラーメンよ世界を救え!』ツアーを心行くまでお楽しみ下さいませ。ちなみに、元の世界の三分間はこちらの世界では一年となっておりますので、よろしくお願い致します」
と宣い、深々と頭を下げる彼女の姿を最後に、俺の体は凄まじい速さで眼下の城下町へと落下していったのだった。

 その後落ちた場所が城の神殿で、翼と奇抜な姿のせいで神の使いと勘違いされ、勇者と共に世界を救う旅に見送られ、俺は無茶苦茶世界を救い元の世界へと戻ったのだった。
 欝々とした気分をリフレッシュどころか、一年分年を取ったみたいで損した気分になったことを、ここに記しておこうと思う。…本気(マジ)で神様、いい加減にしてくれ。

 END

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