泣き猫

文字数 1,257文字

 その町には、朝から晩まで泣いている一匹の猫がいました。どうしてその猫がいつも泣いているのか、町の人々は誰も知りませんでした。その泣き猫は、町にある公園に住みついている野良猫でした。泣き猫はどんな時でも四六時中片目の下に大きな涙をつけて泣いておりました。ブランコに乗っている時も、すべり台の上で寝てる時も、泣き猫は決して涙を拭うことなく泣いておりました。
 最初は特に気に止めることもなかった町の人々も、段々と好奇心が沸き上がり町中その話題で持ち切りになりました。
「あの猫はどうして泣いているのだろう?」
「ご主人様と悲しい別れ方でもしたのかね?」
「きっとご飯が食べられなくて、お腹が空いているのよ!」
「どこか怪我でもしているんじゃないか?」
「きっと、何か深い深い理由があるんじゃないかな?」
 一歩外へ出れば、横丁の角でおばさんたちがヒソヒソ、コソコソ。町中を歩けば、若者たちが町角でヒソヒソ、コソコソ。どこへ行ってもみんな顔を寄せ合って、そのことばかり話しておりました。そうしてその話はとうとう、町議会の議題にまで上ることとなりました。
「どうして泣き猫が泣いているのか…。皆さん、何かご意見はありますか?」
「きっと昔、自分の親と離れ離れになってしまい、独りきりでいることが寂しいのではないでしょうか」
「いやいや、子供に虐められて辛いのかもしれません」
「違いますよ。きっとお腹が空いて泣いているんですよ」
と、それぞれの議員がそれぞれの意見を口々に言うものだから、議会は全くまとまりません。そんな中、一人の議員が真っ直ぐに手を上げてきっぱりと言いました。
「本人に聞いてみるというのは、いかがですかな?」
 反対する人は、誰一人としておりませんでした。
 さっそく議会の代表が、泣き猫のいる公園を訪れました。そうしてベンチの上で、春の日差しの中気持ちよさそうに眠る泣き猫に話しかけました。
「泣き猫さん、鳴き猫さん。あなたはどうしていつも、泣いていらっしゃるのですか?」
 泣き猫は薄く目を開けて、迷惑そうに代表者を眺めました。クワッと大きな欠伸をすると、フン!と鼻を一つ鳴らしました。
「別に、泣いてなどおりません」
 猫の言葉に代表者は目をパチパチとさせました。
「いや、でも、現に泣き猫さんは、目の下に涙の雫をこぼしているではありませんか」
 自分の目元を指さし言う代表者に、泣き猫は不機嫌そうにペロリと鼻の頭を舐めました。
「これは生まれつきの模様です。良く御覧なさいな」
 言われてまじまじと見つめました。すると、なるほどそれは黒地に白く浮き上がる、ただの雫型の模様だったのです。
 真実は代表者の口から議会に伝えられ、この事実は数日の内に町中の知るところとなりました。その日から、ピタリと泣き猫の噂は影も形も無くなりました。もう、誰もその話を口にすることはありません。
 噂に騒ぐ人々もいなくなり、静かになった公園で、泣き猫は一人ふにゅふにゅと笑いました。そうして今でもその公園で、気ままにのんびり暮らしているのだそうです。

 おしまい

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