とあるお山の風車の話 その2

文字数 2,677文字

 町の小高い山の上に、その四台の風車はどっしりと立っておりました。一番右から順番に、ソラ,ダイチ,イズミ,フウタと呼ばれていましたが、呼んでいるのはもっぱら友達の鳥や風たちだったので、人々には秘密の名前でした。

 その日は朝から気持ちの良い風が吹いていて、風車たちもぐんぐんと羽を回しておりました。ところが一番左端っこのフウタの羽根だけは他の三台よりも、ゆっくと回転しているように見えました。
「おや?この風車だけ、他の風車と比べて回転数が遅い気がするなあ。どこか不具合でもあるのかな?」
 いつも風車たちを一つ一つ点検しているヨシおじさんが、フウタを見上げて首を傾げました。“ヨシおじさん”というのは、風車たちの間だけで使われている管理者の男性の呼び名です。いつも点検しながら「よし。よし」と口癖のように呟くため、そう呼ぶようになりました。
 ヨシおじさんはフウタの回転を一度止めると、あーでもないこーでもないとフウタをあちらこちら再度点検しました。しかし、故障している部位は見つかりません。
「おかしいなあ。……とにかく、明日もう一度来て、今度は上の方も調べてみるかな」
 会社の規則で一人の時は高所の点検作業ができないため、ヨシおじさんはその日はフウタを止めたまま山を下りて行きました。
 ヨシおじさんの姿が見えなくなってから、一番右端に立つソラがフウタにゴウンと声をかけました。
「おーい、フウタ!なんでお前、羽根をしっかり回さないんだ?」
「そうだよ、フウタ。ヨシおじさんに心配かけちゃったじゃないか」
 ソラに同調して、フウタのすぐ隣からゴウゴウと声を上げました。風車たちの会話は、まるで風の吹き抜ける音のようです。
「…だって、早く回したら落ちちゃう気がして……」
「落ちるって、何が落ちるのさ」
 フウタの小さな声を耳ざとく拾い、一番羽根を多く回してダイチがヒューヒューと訊ねました。
「鳥の巣だよ。鳥の巣が落ちちゃうんだよ!!」
 フウタはソラにも聞こえる様に、大きな声で答えました。それは余りにも大きな声だったので、巣の中で卵を温めていた親鳥が目を覚ましたのかバサバサと羽を振って騒ぎました。その羽音に、フウタは慌てて口を噤みました。
「鳥の巣だって!?そりゃ、早いところ取り除いてもらわないと!!放置したら、それこそ故障の原因になってしまうぞ?」
「うん。分かってる。…分かってるけど、あんなに一生懸命作っていたのを見てしまうと、どうしても壊してしまいたくなくて……」
 フウタの言葉に、他の風車たちも困った様にブゥンと羽根を鳴らしました。
「うーん。僕らではどうすることもできないけど、友達の鳥たちに協力してもらうていうのはどうかな?」
「お、それいいね。きっとヨシおじさんなら気づいてくれるよ!」
「そうだね。では、明日の早朝に鳥たちに伝えるとしよう」
 イズミの提案に、皆羽根をウゥンと鳴らして同意しました。フウタも巣を壊さないように少し控えめに羽根を鳴らしながら、心の中でヨシおじさんに上手く伝わるように祈りました。
 次の日。ヨシおじさんは相変わらず回転の遅いフウタに上り、くまなく点検をしました。そして、羽根とモーターの隙間に作られた小さな鳥の巣を見つけました。
「うん?これが原因か?でも、見た感じではそんなに影響しているようには見えないが……」
 首を傾げながらそっと持ち上げた巣の中には、小さな白く丸い卵が四つほどありました。不意に、バサバサと羽音をさせて一羽の鳥がヨシおじさんの肩にとまりました。
「おや?珍しい。お前さん、この子たちの親御さんかい?」
 ヨシおじさんがそう鳥に話しかけると、もう片方の肩にも一羽とまりました。驚くヨシおじさんの耳に、チチチッとたくさんの鳥の鳴き声が聞こえてきました。慌てて周囲を見渡すと、そこにはたくさんの様々な鳥たちが集まり、じっとヨシおじさんのことを見つめていました。
「これは一体……。こんな数の鳥は、見たことがないぞ」
 ポカンと見上げていたヨシおじさんは、その鳥たちの視線が自分を通り越して手元に注がれていることに気がつきました。それにつられるように、手元の巣へと視線を落としたヨシおじさんはハッとしました。
「……もしかして、この鳥たちはこの巣のことを心配しているのか?」
 ヨシおじさんの呟きに、両肩にとまっていた二羽がチチッと揃って鳴きました。それがまるでそうだと言っているように聞えたおじさんは、うんと一つ頷きました。
「そうか、そうか。大丈夫、巣は壊さないよ。でも、ここにあっては君たちにも風車にもよくないから、近くの木の上に移動させてもらうよ」
 そう二羽に語り掛けると、二羽の親鳥は分かったとばかりに一声鳴き、バサリと肩から離れていきました。それにおじさんはにっこりと笑ってから、手に持った巣を壊さない様にフウタからゆっくりと降りました。上ったと思ったヨシおじさんがすぐに降りて来た姿に、一緒に来ていた後輩が目をぱちくりさせました。
「あれ?先輩、どうかしたんですか…って、その鳥の巣?はなんですか?それに、この鳥の数……凄いですね!」
「上にあったんだ。あんまり鳥たちが見て来るもんだからな。壊すのも気が引けて、移動させようと思ってな」
 そう返すと、ヨシおじさんは近くの背の高い大きな木に持って来た梯子をかけ、大ぶりな木の枝の股にそっと移動させました。すると、今までこちらをうかがうように周囲を飛んでいた鳥たちが、親鳥を残して一斉に飛び立っていきました。その光景を、ヨシおじさんはポカンとする後輩と共に黙って暫く眺めておりました。するとどうでしょう。鳥が飛び立ったと同時に、フウタの羽根もいつも通り回り始めたではありませんか。
「…そうか。お前、巣を壊さないようにゆっくり羽根を回していたんだな」
 今はもう、グングンと羽根を回し始めたフウタを見上げて、ヨシおじさんは苦笑を浮かべました。
「――なんて、そんなことあるわけないか」
「凄かったですねー。なんだったんですかね?あの鳥たち……」
 ぼそりと呟いたおじさんの横で、未だに空を眺めてぼやく後輩に「さあな」と返すと、その肩をポンと軽く叩くきました。
「さ、風車の調子も戻ったことだし、戻るとしようか」
「あ、はい!」
 持って来た道具をそれぞれ手に、二人は揃って山を下りていきました。その背中を、二羽の親鳥と嬉しそうなフウタが見えなくなるまで見送っておりました。

 そうして今日も、四台の風車たちは町の小高い山の上で、風を受けて気持ちよさそうに羽根を回しているのだそうです。

 おしまい


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