歩く男
文字数 604文字
ある所に、歩いてばかりいる男が一人おりました。男は生まれた時から規則正しく太腿を上げて歩いて育ちましたので、今ではすっかり筋骨隆々の健康的な青年になっていました。
その日、いつもいつも家中を歩き回って一度も足を休めない息子に、母親はかねてから思っていたことを尋ねました。
「私の可愛い息子よ。どうしてお前はそんなに歩いてばかりいるんだい?もう、かれこれ二十年近く歩き続けているじゃないか」
すると青年は、母親の前で足踏みをしながら答えました。
「僕の周りにある空気が、僕の踵を後ろから邪魔だと言わんばかりに押すんだよ。だから僕はこうして足を高く上げて、空気の通り道を作ってあげているんだ」
「なら、歩かずにそうやって、足踏みをしていればいいじゃないか」
母親の提案に、青年は苦笑いを浮かべ肩を竦めて言いました。
「そうすると、今度は背中を空気が邪魔だと押すんだよ。だから歩いて、空気の流れとは違う方向へ常に行こうとしているんだ」
「そうは行ってもねぇ……」
「ああ、また背中を押されている。ごめん母さん、僕もう歩かなければ」
そう言うと、青年は向きを変えてまた歩き出しました。そうしてそのまま家の外へと出て行ってしまいました。青年がその後どこへ向かい、今どうしているのか知っている人は誰もおりません。分かっていることは、生きている限り青年は空気の流れと共にこれからもずっと歩き続けて行くということだけでした。
おしまい
その日、いつもいつも家中を歩き回って一度も足を休めない息子に、母親はかねてから思っていたことを尋ねました。
「私の可愛い息子よ。どうしてお前はそんなに歩いてばかりいるんだい?もう、かれこれ二十年近く歩き続けているじゃないか」
すると青年は、母親の前で足踏みをしながら答えました。
「僕の周りにある空気が、僕の踵を後ろから邪魔だと言わんばかりに押すんだよ。だから僕はこうして足を高く上げて、空気の通り道を作ってあげているんだ」
「なら、歩かずにそうやって、足踏みをしていればいいじゃないか」
母親の提案に、青年は苦笑いを浮かべ肩を竦めて言いました。
「そうすると、今度は背中を空気が邪魔だと押すんだよ。だから歩いて、空気の流れとは違う方向へ常に行こうとしているんだ」
「そうは行ってもねぇ……」
「ああ、また背中を押されている。ごめん母さん、僕もう歩かなければ」
そう言うと、青年は向きを変えてまた歩き出しました。そうしてそのまま家の外へと出て行ってしまいました。青年がその後どこへ向かい、今どうしているのか知っている人は誰もおりません。分かっていることは、生きている限り青年は空気の流れと共にこれからもずっと歩き続けて行くということだけでした。
おしまい