お月ママとお星パパ

文字数 3,149文字

  石炭のように真っ黒な夜空には、びっくりするほどたくさんの星たちが瞬いています。その星の一つ一つが、実はお月さまとお星さまの子供たちであることを知っていますか?

 お月さまとお星さまが出会うまで、夜空には星が一つしかありませんでした。その星こそ誰あろう、若い頃のお星さまだったのです。その頃お星さまはまだ光も弱く、ずっと遠くで美しく輝くお月さまをただ見ていることしかできませんでした。
「お月さまは、なんて美しく白く光っているのだろう。私もせめて、あと少し強く光ることができたなら、きっとお月さまに自信を持って会いに行けるのに……」
 お星さまにとって一番の悩みは、自分の輝きに自信が持てないことでした。そしてそれは、お月さまに話しかける勇気さえもお星さまから奪ってしまっていたのです。
「強く光れるようになる方法は、何かないだろうか?」
 うんうん唸って考えたお星さまの中に、とても大きく強く光る太陽の姿が浮び上りました。
「そうだ、太陽さんだ!太陽さんに強く光るコツを聞いてみれば、何かわかるかもしれない!!」
 決心した次の日に、お星さまはさっそく太陽へ会いに出かけました。
「太陽さん、太陽さん!お昼寝中申し訳ないのですが、ちょっと聞いてもよろしいでしょうか?」
 お星さまのありったけの大声に、太陽はその大きくて丸い体をゴロリと転がしてお星さまを振り返りました。
「おやおや、誰かと思えば、お星様じゃないか。一体なにを聞きたいんだい?なんでも聞いておくれ」
「ありがとう、太陽さん。実は、太陽さんのように地上全てを照らすぐらい、明るい光になるにはどうしたらいいのか、教えて欲しいのです」
 一瞬目を丸くして驚いた太陽でしたが、すぐに大きな口を開けて「わっはっはっは!」と大声で笑いました。大きな口から吐き出された息は風のようで、お星さまは吹き飛ばされそうになったほどでした。
「お星様。そんな簡単なことを聞きにワシの所へ来たのかい?そんなの決まっているじゃあないか。ワシは体が大きいからだよ。大きくなればその分光も強くなるもんさ」
「なるほど!ありがとうございます、太陽さん!」
 お星さまはその日から、体を大きくするためにたくさんご飯を食べました。いつも残してしまう嫌いなピーマンも、我慢して全部綺麗に食べました。体を鍛えることも忘れません。毎日昼の空を一生懸命走り回りました。ところが一ヶ月経っても一年たっても、お星さまは太陽のようにはなれませんでした。かわいそうなお星さまは、すっかりしょげてますます自信を無くしてしましました。
「ああ、毎日きちんとご飯をたくさん食べ、運動も欠かさなかったのにちっとも太陽さんの明るさには近づけなかった…。わたしはやっぱりダメな星なのだろうか……」
 そうしてお星さまが何回目かのため息をついた時、地上で赤々と燃える美しい光を見つけました。
「あれはなんて綺麗な光なんだろう。私もあれほど美しい色に光ることができたなら……」
 引かれるようにふらふらと、お星さまは地上へ下りて行きました。下りた先は大きな暗い森の中に、ぽっかりと開いた広場の様な場所でした。そこでは一人の青年が、焚火をしておりました。あの赤々と燃える美しい光は、焚火の炎だったのです。青年は空からやって来たお星さまを見つけると、驚いて目をパチパチと瞬かせましたが、すぐににっこりと微笑みました。
「おや?こんばんは、お星様。あなたが地上へやって来るなんて珍しい。どうかされたのですか?」
「こんばんは。あなたの火がとても美しくて、下りて来てしまいました。あなたはここで、何をしているのですか?」
 火を挟んで向こう側へと降り立ったお星さまに、青年は包まっていた毛布をちょっと持ち上げて見せました。
「歩いている内に暗くなってしまいまして……。今日はこうしてここで寝ようと思っていたところです」
「帰る道がわからなくなってしまったのですか?」
 心配そうなお星さまに、青年は首を横に振りました。
「いえいえ、違いますよ。僕は地上のあちらこちらを旅して回っている旅人なんです」
「地上を旅…ですか。どうしてまた、そんな大変なことを?」
 お星さまの問いかけに、青年は少し恥ずかしそうに笑いました。
「実は僕、世界を自分の足で回ってこの目で一体何があるのか、確かめるのが子供の頃からの夢なんです」
「そうなんですか…。それはとても大きな夢ですね」
「はい。大きくて大切な夢です」
 地上の上で、人はとてもとても小さな生物です。少なくとも、お星さまのように空から見下ろしている星にとっては、米粒ほどの大きさに見える存在です。そんな人間が、この広い広い世界をその足で歩こうというのですから、とてもとても大変なことでしょう。それでも、少しも苦しそうな顔をせず楽しそうに笑う青年は、自分なんかよりもずっとずっと強い心の持ち主だとお星さまは感じました。
「あなたはとても強い人ですね。それに比べて私は……」
「お星様、何か悩み事でもあるんですか?よかったら、僕に話してください。お力になれるかどうかわかりませんが、自分の中に溜め込んでしまうよりもきっと良いと思うんです」
 そう言ってにっこりと優しく笑う青年の心遣いに、お星さまの瞳からずっと耐えて来た涙がポロポロとこぼれ落ちました。そうして、今まであったことを全て打ち明けました。
「私はお月様に会いたいんです。でも、今の弱い光のままではお月様に会いに行く自信が持てなくて……。嫌われたらどうしようかと、そんなことばかり考えてしまうんです」
 今にも消えてしまいそうなお星さまに、青年は腕を組んで暫く考え込みました。
「……そうだ!」
 不意にそう呟くと、青年は汲んでおいたバケツの水で焚火を消しました。そうして、ポカンとその光景を眺めていたお星さまの手を取り、なにも言わずにズンズンと歩き出しました。
 暗い暗い森を抜けて、急に目の前がパッと明るくなりました。一瞬その眩しさに目を閉じたお星さまでしたが、ゆっくりと開いたその先に、真っ暗な夜空でキラキラと輝くお月さまを見つけました。そこは森の中にある大きな大きな湖の畔でした。
「お星様。この夜空をよく見てご覧なさい。真っ黒なこの空には一体なにがありますか?」
 空を指さして問う青年に促されるまま、お星さまは夜空をじっと隅から隅まで眺めました。
「お月様が、とても美しく白く輝いていらっしゃいます」
「ほかには?」
「え?」
「ほかには、なにがありますか?」
 青年に言われてもう一度夜空を見上げたお星さまは、そこにお月さま以外なにもないことにその時初めて気がつきました。
「私のほかに、星はなかったんですね……」
 いつもお月さましか見ていなかったお星さまは、そんな自分がなんだか急に恥ずかしくなりました。
「地上に夜が来た時、いつも真っ暗な空で光っているのはあなたとお月様だけなんですよ。地上の人々にとって、あなたはなくてはならない目印の星でもあるんです。だってあなたはいつも、ちょうど北にいますからね」
 静かに優しく話す青年の言葉に、お星さまは嬉しくてドキドキしました。だって自分がまさか、地上の人々の役に立っていたなんて夢のようだったからです。
「あなたは弱い光の星なんかではありません。とても強い光の星です。必要だったのは光ではなく、お月さまに会いに行く勇気だけだったのですよ。さあ、北のお星様。お月様に会いに行ってごらんなさい。きっとお月様もあなたに会いたいと思っていますよ」
 青年の言葉に勇気をもらうと、お星さまはお月さまの輝く夜空へとゆっくり昇って行きました。

――その後、お月さまとお星さまが上手くいったかどうかは、今の夜空を見上げればあなたにもわかることでしょう。

 おしまい

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