七日目(月) 南中バスケ部が光通信だった件

エピソード文字数 3,507文字

「バイバーイ! バイバァーイ!」

 少年は手を振っていた。
 バスが交差点を曲がり、見えなくなるまで一生懸命に振り続ける。
 別に寂しくはなかった。
 明日になれば、また皆に会うことはできるから。

「よーし!」

 だからこそ少年は、今日も一人で遊び始めた。
 門の傍にある蟻の巣を眺めたり、走り抜けていく車の数を数えたり。
 そしてある程度時間が過ぎた頃に、誰も乗っていないバスが戻ってくる。
 それを見た少年は、今日もポケットからガマ口財布を取り出した。

「むーん…………」

 投入口にお金を入れるだけでも一苦労だが、その後はもっと大変だ。
 ピンク色をしたパッケージのペットボトルを見上げた後で、つま先立ちになり精一杯腕を伸ばす。ボタンを押して激しい落下音を聞くと、安堵しふにゃりと脱力した。

「………………ドロボーしてるの?」

 初対面の相手に掛ける言葉としては、中々に衝撃的な部類だと思う。
 取り出し口に手を伸ばした少年が振り返ると、いつからいたのか見慣れない女の子がジーっとこちらを見ていた。

「違うよ! ちゃんとお金払ったもん!」

 今思えば証拠でも何でもないが、少年は空になった財布を見せる。
 しかしこれで通じるのが子供同士というもの。どういう理屈か知らないが、少女は泥棒じゃないとわかったらしくホッとした様子で門に腰を下ろした。

「いつもここにいるの?」
「うん。お母さんが来るまで、一人遊びしてるんだ!」
「寂しくないの?」
「全然! 凄く楽しいよ!」

 最初の頃は寂しかったこともあったが、少年は今やすっかり慣れている。
 そして自分とは対称的に元気のない少女へ、彼は首を傾げつつ尋ねた。

「お迎えは?」
「あのね、私のパパとママ、ジュータイに巻き込まれちゃったの」
「ほぇー」

 当時の少年は渋滞という言葉を知らない。そのため彼の脳内では、少女の両親が絨毯にぐるぐる巻きになっている図が思い描かれていたりする。
 暗い表情を浮かべている少女を見て、少年は励ますために手にしていた桜桃ジュースのペットボトルを差し出した。

「じゃーこれあげる!」
「え……いいの?」
「うん! それすっごく美味しいんだよ!」

 差し出されたジュースを受け取ると、少女は慣れない手つきでキャップを回す。
 口をつけた後で見せた笑顔は、今でも変わらない純真無垢な微笑みだった。



 ★★★



「はよざ~っす! お兄ちゃ~ん! 朝だよ~っ!」

 騒々しい声を耳にして、夢の世界から目を覚ます。
 いやまだだ……今ならまだ夢の続きが見られるかもしれない。

「決戦の時じゃ~、今こそ農民の誇りを見せるのじゃ~」
「あと五時間……」
「長すぎじゃっ! 前より減ってるけど、もう一段階単位を下げるのじゃっ!」
「じゃあ五分……」
「うん、それならまあ……じゃあ五分後にまた来るのじゃ~」

 これが所謂ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックというやつだ。
 最初に五分と口にしたら許されなかっただろうが、徐々にハードルを下げることで妹から睡眠の許可を得た俺は再び眠りにつく。

「…………………………」
「五分経過~っ! 一揆じゃ~っ!」
「ぶふぇっ」

 まあ、五分ってこんなもんだよな。
 ボディプレスを炸裂させた後で、年貢を減らせと歌い始める妹。米倉だけに米倉騒動と掛けたなんてことはなく、ただ五月蠅いだけなので渋々身体を起こした。

「ターゲット、竹コースでの起床を確認」
「竹槍コースの間違いだろ」
「じゃあお兄ちゃん、下で待ってるからね~」
「あ、ちょっと待て梅。聞きたいことがある。もしも白馬に乗った王子様が目の前に突然現れて、私と共に暮らしてくれないかと頼んできたらどうする?」
「とりあえず家の中だから、馬は外に追い出して貰う」
「オーケーわかった。王子様は白馬を逃がした」
「逃がしたって、馬無しで帰り大丈夫なの?」
「だぁっしゃいっ! お前はどんだけ馬が気になるんだよっ?」

 放置された王子様が泣いてる気がする。こんな妹で本当すいません。

「もしかしてその質問って、お兄ちゃんと夢野さんのこと?」
「何でそうなるんだよ?」
「だってミナちゃん言ってたよ? お兄ちゃんが『例えば』とか『もしも』って前置きして変な質問してきたら、恐らく夢野さん関連だろうって」

 妙に鋭いと思ったら、そういうことかよ。
 流石は南中バスケ部ネットワークとでも言うべきか。聞くべきじゃなかったと後悔するが、時既に遅く梅はニヤニヤして尋ねてくる。

「何々その顔っ? まさかお兄ちゃん、夢野さんから告白されたのっ?」
「されると思うか?」
「じゃあお兄ちゃんが夢野さんに告白したとかっ?」
「すると思うか?」
「う~ん……じゃあお兄ちゃん、乗馬でも始めるの?」
「何でまた馬を引っ張ってきたっ? いい加減に王子様を見てやれよ!」
「う~ん……顔と性格がよっぽど酷くなければ、別に梅は構わないよ!」

 素直な妹はケロっとした顔で答える。ぶっちゃけ人は見た目が八割だよな。

「じゃあもし梅に好きな人がいたら、どっちを取る?」
「馬!」
「王子様か好きな人の二択だよっ!」
「え~? それなら好きな人」

 どうやら梅の中では『馬 〉好きな人 〉王子様』という数式らしい。うちの妹と結婚したい物好きは、まず馬を目指すところから始めよう。

「王子様はいいのか?」
「国へ帰るんだな……王子にも馬がいるだろう」
「どこの少佐だお前は。しかも帰りを待ってるの家族じゃなくて馬かよ」
「あ、でも白馬だけ欲しいな。梅、馬に跨ってみたいし」
「そういう表現は誤解を招くから止めなさい」
「それよりお腹空いたから早く早く。お母さん、朝ごはん作って待ってるよ」
「わかったから、先に行ってろ」

 ドタドタと騒がしく馬……じゃなくて梅が階段を下りていく中、俺は未だに若干残っている筋肉痛に苦しみつつ身支度を始めるのだった。



 ★★★



 本日の天気は生憎の雨。
 普通なら合羽を着ての自転車通学だが今日は無駄に風も強く、親から自転車は止めておくよう言われたので久々の電車登校だ。

「よう」
「やあ。キミが電車とは珍しいね」

 偶然にも駅のホームで遭遇したのは、いつも通り棒付き飴を咥えた幼馴染。これといって友達と一緒でもないらしく、少女は強風で靡く長い髪を手でかき上げる。

「見ての通り、遅延だよ」
「いっそ休校にでもなってくれればいいんだけどな」
「それは無理だろう。屋代に繋がる全路線が運休にでもならない限り、休校なんて選択は話題にすらならないね」

 まあ、母集団が多すぎるから仕方ない。これから秋にかけて台風の時期だが、暴風の中で登校とかは流石に勘弁と願うのみだ。

「ところで王子様」
「ぶっ! 十数分前の話がもう伝わってるのかよっ?」
「情報化社会なら普通だよ。てっきりキミは『食パンを咥えた男子高校生と角でぶつかる』みたいな話をすると思ったけれど、随分と古典的な表現だったね」

 自分の境遇を美化しすぎじゃないかと指摘され、物凄く恥ずかしくなる。一人だけ技が無い癖に何故かモテる、どこぞの食パンヒーローになりたい。
 まあ最近は子供が真似したら困るという酷い理由で、カレーパンも口からカレーを吐かなくなったらしいけどな。クレーム時代もここに極まれりだ。

「幼い頃の思い出はそんなに大切かい?」
「藪から棒に何だよ?」
「いいや、もし子供の頃にした約束が適用されるなら、ボクはキミと彼女関係どころか結婚までする羽目になると思ってね」
「ケコッ――?」
「突然、鶏の真似をしてどうしたんだい?」

 顔色一つ変えることなく、飴を舐め終えた阿久津は棒をゴミ箱に入れる。
 平然と口にできるコイツがおかしいのか、はたまた俺が意識し過ぎなのか。そんなことを考えていると、ホームに電車がやってくるアナウンスが流れた。

「いずれにせよ、別に時間制限がある訳でもないんだろう? 焦って答えを出す必要もないなら、まずはテスト勉強に精を出すべきだね」
「………………なあ、阿久――――」

 呼びかけた途中で、電車がやってくる。
 速度が遅いため声は消されることもなく、少女は俺に聞き返した。

「何だい?」
「いや、何でもない」

 尋ねかけた質問を心に留め、幼馴染の後に続き電車へと乗る。遅延により混んでいる電車内で阿久津と距離が近づくものの、これといって話はしなかった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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