四月(中) ……私と陶器とミナと

文字数 3,741文字

 ◆

 運動は苦手。
 でも中学にあった文化部は、科学部と美術部と家政部と吹奏楽部の四つだけ。
 入りたい部活はなかった。
 それに私が中一の時、弟はまだ小学生になったばっかり。
 家で一人は可哀想だから、中学は帰宅部にした。
 でも今は、やりたい部活がある。

「……失礼……します」

 ノックしてから、静かにドアを開けた。
 中にいた生徒は女の人が四人、男の人が一人。
 でもノックと声が小さかったせいで、誰も気付かない。

「おや? お客さんですかねえ」
「……初めまして」
「どうもどうも。先生、陶芸部の顧問をしている伊東(いとう)と申します」

 最初に気付いてくれたのは、白衣を着た先生……陶芸部なのに何で白衣?
 でも不思議な先生のおかげで、先輩も私に気付いてくれた。

「あ、ひょっとして見学に来てくれたの?」
「……(コクリ)」

 女の人が二人、笑顔でこっちに来る。
 自己紹介をされた後で、私の名前を尋ねられた。

「……冬雪音穏(ふゆきねおん)……です」
「へー。ネオンちゃんかー。珍しいけど可愛い名前だねー」
「冬雪さんは見学と体験、どっちにする? 体験は粘土練ったり、ろくろ挽いたり。全部やると一時間くらい掛かっちゃうけど……」
「……体験……したいです」
「それじゃあ用意するから、ちょっと待ってて。あ、荷物はそこに置いていいよ」
「今日は大繁盛だねー」

 言われた通り、大きな机に鞄を置く。
 机の端で漫画を読んでいたツンツン頭の男の人が、チラリと私を見た。

「いよぉ」
「……(ペコリ)」
「ちょっとバナ! 暇なら少しは手伝ってよ」
「やなこった」
「もう!」

 陶芸部なのに何で漫画?
 少し不安になってきたけど、女の先輩は優しく接してくれる。

「あ、冬雪さん。ブレザー脱いでもらって、これ着てもらってもいい?」

 渡されたのはシンプルな黒エプロン。
 向こうにいる女の人も、これと同じエプロンをしてる。

「難しいですね。何かコツとかあるんでしょうか?」

 腰の辺りまである長い髪の、綺麗な女子。
 ひょっとして、私と同じ体験?
 でもリボンの色は一年生なのに、凄く堂々としてる。

「菊練りのコツ……ズキちゃん、何かあります……?」
「私に聞かれてもねー。コツコツやるとかー? なんつってー」
「だそうで……あ、今回はこちらでやっておくんで、どうぞそちらへ……」
「ありがとうございます」
「もー、サっちんってば反応薄いー」

 女の先輩達は楽しそう……ちょっと安心。
 ボーっと眺めてたら、私の粘土を用意してくれてた。

「まずは土練りからね。荒練りと菊練りっていうのがあって――――」

 初めての陶芸体験は中三の修学旅行。
 ただその時は、手回しろくろで粘土をこねる手びねりだけ。
 それでも、凄く楽しかった。

「上手上手! 冬雪さん、もうほとんど菊練りできてるよ! ひょっとして経験者?」
「……未経験……です」

 土を練るのは初めてだから、首を横に振った。
 先輩みたいに綺麗じゃないけど、褒められたのは嬉しい。

「それじゃあ、ろくろ回してみよっか」
「……(コクリ)」

 電動ろくろの操作を教わる。
 お手本で見せられた成形は、まるで魔法みたいだった。

「こんな感じかな。それじゃあ、冬雪さんやってみる?」
「……(コクリ)」

 当たり前だけど、最初は上手くいかなかった。
 沢山失敗した。
 だけど湯呑やお皿ができた時は感動した。

「お疲れ様。後片付けは私がやるから、冬雪さんは休んでて」
「……ありがとう……ございます」

 暑い。
 エプロンを脱いで少し休憩……部屋を見渡す。

「……」

 もう一人の体験の子がいない。
 私が集中し過ぎて、気付かないうちに帰ってた?
 後悔で小さく溜息を吐く。
 少しくらい話すべきだった。

「明日だとまだ削れないから、明後日以降にまた来れる?」
「……大丈夫……です」
「良かった。それじゃあ待ってるから」
「まーた来ーてねー」
「ズキちゃん、私の手を振らずに自分の手を振ってくれます……?」

 三人の優しい先輩と先生に見送られて、最初の体験は終わった。
 次に陶芸室へ行ったのは、言われた通りの二日後。

「……失礼します」
「あ! 冬雪さん!」

 その日いたのは女の先輩三人だけ。
 男の先輩と先生はいなくて、体験も私一人きりだった。

「サっちんサっちん、ピザって十回言って」
「not pizza,but píːtsə」
「オー、アイムソーリーヒゲソーリー」
「まあ、ピザとピッツァは別物ですが……アメリカ風がピザで、イタリア風がピッツァなんです。イタリアでピザと言うと、地名のピサと勘違いされます……」
「へー。そーなんだー」

 女の先輩二人が、椅子に座ってのんびり話してる。
 そんな中で部長さんは私に削りを教えつつ、部活についても話してくれた。
 生徒数が多い屋代なのに、陶芸部には二年生がいない。
 三年生も五人だけ。

「冬雪さんが入部してくれたら、私達の引退後に部長かもしれないね」

 そんなことはない。
 初めて作ったお皿は底が抜けて失敗。
 無事に完成した湯呑も、何だか湯呑っぽくない形だった。
 それに今年入る一年生が、もし私だけだったら……?

「焼くのは少し先だから、作品ができたら届けに行くね。勿論私としては冬雪さんが、入部してくれたら一番嬉しいんだけど……」
「このとーり!」
「ズキちゃん、私の頭を下げずに自分の頭を下げてくれます……?」
「……ありがとうございました」

 二度目の体験も終わる。
 三度目の体験には行かなかった。
 入部するかしないか、ずっと悩んでた。
 お母さんは大丈夫だって言ってくれたけど、一人きりは不安だった。
 そんな日が一週間くらい続いた、ある日のこと。

「じゃあねミナ」
「お疲れ様。また明日」
「……?」

 帰りの駅で、聞き覚えのある声に振り返る。
 反対側のホームで電車に乗る友人を見送るのは、見覚えのある綺麗な女の人。
 くるりとこちらを振り向かれ、目が合った。

「あれ? ひょっとして、陶芸部の体験に来ていた……冬雪君だったかな?」
「……(コクリ)」
「やっぱり。ああ、自己紹介が遅れて申し訳ない。ボクは阿久津水無月(あくつみなづき)
「……冬雪音穏……です」
「別に同じ一年生なんだし敬語は要らないよ。同じ方面の電車とは奇遇だね。ボクは新黒谷駅だけれど、冬雪君はどこで降りるんだい?」
「……菊畑」
「となると下りるのはボクが先かな」

 私は口下手だとよく言われる。
 今の流行をあまり知らないから、話題が無いし話も続かない。

「冬雪君は、もう削りはやったかい?」
「……やった……阿久津さんは……?」
「ボクは昨日やったけれど、難しくなかったかい? どの程度削れば良いか加減がわからなくて、削り過ぎた結果は底が抜けて大失敗だったよ」
「……私も。でもちゃんと削らないと凄く重い」
「ふふ。やることはお互い同じみたいだね」

 何でだろう。
 初対面で話題が多いから?
 それとも陶芸の話だから?
 電車に乗った後も話は尽きず、時間はあっという間に過ぎていった。

「冬雪君は、陶芸部に入部するのかな?」
「……悩んでる」
「もし良ければ、ボクと一緒に入らないかい?」
「……!」
「菊練りをリベンジしたいけれど、先輩の引退後に一人は寂しいからね。勿論、他に入りたい部活があるのなら無理にとは言わないよ」
「……良かった」
「何がだい?」
「……私も一人かと思って、不安だった」
「最初の体験以来、ずっとすれ違いだったみたいだからね。ボク達が会っていないだけで、ひょっとしたら他に入る一年生だっているかもしれないさ。屋代は広いからね」

 もしかしたら、十人くらい来てたのかもしれない。
 そう考えると、何だかワクワクしてくる。

「校章を見る限り、冬雪君はCハウスなのかな?」
「……C―3」
「C―3…………一つ質問してもいいかい?」
「……何?」
「クラスメイトに、米倉櫻(よねくらさくら)って男子はいるかな?」
「……確かいた……知り合い?」
「まあ、顔見知りでね。いや、気にしなくていいよ。ありがとう」

 何で知り合い……あ、同じ中学かも。
 でもあんまり男子の顔覚えてない……今度ちゃんと見ておこう。

「……私も一つ聞いていい?」
「何だい?」
「どうして君呼び?」
「ああ、すまないね。色々あって昔からの癖なんだよ。冬雪さんの方がいいかな?」
「……名前でいい」
「そうなると音穏君……じゃなくて、音穏さんかな」
「……慣れないなら、呼び捨てで大丈夫」
「いいのかい?」
「……私もミナって呼びたい」
「成程ね。それじゃあ、これから宜しく頼むよ音穏」

 陶芸部に入ってできた、私の大事な二つの宝物。
 一つは我が家で煮物を入れる盛椀扱いの、初めて作った湯呑。
 そしてもう一つは、かけがえのない大切な友達。

「……ミナ、宜しく」
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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