一日目(水) 俺の願いが付き添いだった件

文字数 3,423文字

「あ! 虹出てるじゃない!」

 激しいゲリラ豪雨も収まり、芸術棟から外へ出るなり火水木が一言。俺達が揃って空を見上げると、濃い目に浮かびあがった綺麗な七色がアーチを描いていた。

「……綺麗」
「随分とはっきり見えているね」
「虹なんて見たの、小学校のプール以来ッスね」
「ああ、シャワー浴びる時に見えるやつか」

 無意味に「修行!」とか言いながら、滝に打たれるかの如く浴びて馬鹿やってたあの頃が懐かしくなる。でもあれを虹って呼ぶのはちょっと微妙な気がしないでもない。
 水溜まりを避けながら進みつつ、俺と夢野とテツの三人は駐輪場で自転車を回収。電車組と一緒に校門まで歩いた後で、帰り道が逆である面々と別れを告げた。

「雨、止んで良かったね」
「流石にあれはヤバかったからな」

 詰まるところが今日も夢野と二人、帰宅という名のサイクリングへ。もっとも雨上がりで湿度が高いため、全然サイクリング日和じゃないことは言うまでもない。
 以前は週に一度程度だったが、最近は週の半分近く陶芸部へ顔を出している夢野。必然的に一緒に帰る日も増えているが、虹が出ていても交わす会話はくだらない雑談だ。

「そういやライティング、大丈夫だったのか?」
「うん。水無月さんのお陰でバッチリ!」

 中間テストで22点という大失敗をした少女に助け舟を出した阿久津大先生はライティングの授業を取っていない筈だが、本当にアイツは何でもできるな。
 今回はテスト前に陶芸室へ顔も出したが、阿久津とは相変わらず。違和感があると言っていた冬雪や火水木、そして誕生日プレゼントの件で協力してもらった夢野も、今の状態に慣れたのか特に詮索してくることはなかった。

「米倉君、期末も数学棟に名前貼り出されてたね」
「見たのか?」
「うん。ちゃんと毎回チェックしてるよ」
「まあ、唯一の取り柄みたいなもんだからな」

 とは言ってみたものの、実は今回の通知表は全体的に良かったりする。
 勿論得意科目である数学は数Ⅱも数Bも5だったか、それ以上に驚いたのが評定平均。一年は3.6程度だったのがジャスト4にまで急上昇し、衝撃のクラス5位を取っていた。
 3だと思っていたら4だった教科の多さに目を疑ったが、クラス順位に関しては単にウチのクラスの連中がアホなだけかもしれない。何せ文化祭の企画で『C―3萌え萌えメイド喫茶』を提案して、生徒会からNGを出されるくらいだからな。

「大学とか、もう決めてるの?」
「まあ、何となくは……」
「どこどこ?」
「いや、まだ夢みたいな話だからさ」
「うーん…………東大とか?」
「無茶言うなよ」
「じゃあ女子大?」
「それはもっと無理だっ!」

 入学できそうな友人はいるが、話題に出すのは何となく控えておく。あれから約二ヶ月が過ぎたがクラスでは普段通りで、女装コンテスト二連覇を期待されていた。

「そういう夢野は決めてるのか?」
「ううん。私はまだ全然。ちゃんと考えなくちゃ駄目だよね」
「そんなことないと思うけどな。寧ろ進路なんて決めてない奴の方が多いだろ」

 俺だってついこの間までは模試の志望校に東大を書いてたし、アホのクラスメイトは未だに書いている。全校生徒が2500人近くいる屋代と言えど、実際に目指す奴は一桁いるかどうかなんじゃないだろうか。

「やっぱり水無月さんも大学とか決めてるのかな?」
「まあ、アイツはな」

 国立、月見野(つきみの)大学。
 何を隠そう最近になって俺に目指そうと思い始めたのもそこだったりする。もっとも成績が上がったとはいえ、今のままじゃ志望大学というよりは死亡大学という漢字を当てた方が分相応なくらいだ。

「でも夢野も将来が保育士ってことは、そういう学部のある大学に行くんだろ?」
「行きたいけど、専門学校もありかなって思って」
「成程な」

 今でも夢野は幼稚園や保育園へボランティアに行っており、そこで起こった面白い話は帰りに聞かせてもらっている。最近ツボに入ったのは七夕の短冊で『野球選手になりたい』『プ○キュアになりたい』からの『からあげになりたい』だったかな。

「ところで米倉君、願い事は?」
「あ」
「もー、また保留?」

 信号で止まった際に尋ねてきた少女は、ぷくーっと頬を膨らませる。
 夢野の言う願い事というのは、陶芸部で行われたテスト勝負の勝利報酬。別に期末に再びテスト勝負をしたという訳じゃなく、中間テストの願いが未だに保留中だった。
 阿久津から夢野への願いも保留だったが、そちらは何でも最近二人で買い物に行ったとのこと。つまり残っているのは俺から夢野への願いだけということになる。

「そう言われても、これといって思いつかなくてさ」

 というよりも、どの程度のラインまで頼んでいいのか線引きが難しい。何でもやると言われて「今何でもって言ったよね?」なんて返せたらどんなに楽だろうか。
 一番無難なのが午前だけで授業が終わるこの時期、節約のため空腹真っ只中の俺に昼飯を奢ってもらうという選択だったが、結局頼めないまま終業式を迎えてしまった。

「あんまり保留してると、期限切れちゃうんだからね」
「あー、それは困るな」

 困ると言うよりは勿体ない……が、だからといって頼み事がある訳でもない。
 何かないかと必死に考えていると、ふとポケットの中で携帯が震え出した。

「悪い、ちょっといいか?」

 自転車を止めるとガラケーを取り出し画面を確認する。
 電話を掛けてきた相手が妹だとわかるなり、かけてきた理由に薄々予想が付いた。

「もしもし?」
『もし~ん。お兄ちゃ~ん、今どこ~?』
「帰宅中だ。どうせまた買い物だろ?」
『む~。違うもん!』
「じゃあ何だ? Gでも出たか?」
『う~ん……そういう感じの事件としてはHが出た!』
「そういう誤解を招く発言をするな」
『そんなことより、お兄ちゃんって今週の土曜日空いてる? 空いてるよね?』
「勝手に決め付けんなっての。空いてたら何なんだ? そんでもってHって何だよ?」
『言った! 今空いてるって言った!』
「一言も言ってねえっ!」

 俺の対応を見てか、はたまた梅の声が漏れていたのか隣で夢野がクスリと笑う。

『はえ? お兄ちゃん、もしかして今一人じゃない?』
「ああ。夢野と一緒だ」
『な~んだ。じゃあ後で言うから大丈夫! 梅梅~』

 一方的に言いたいことだけ告げた梅は、勝手に通話を切った。
 Hが何か気になりつつ携帯をポケットに入れると、夢野が首を傾げつつ尋ねてくる。

「電話、梅ちゃんから?」
「ああ。何か土曜が空いてるか聞かれたけど、結局よく分からなかったな」
「土曜日……ひょっとして、試合を見に来てほしいんじゃないかな?」
「あ」

 確かにそれは物凄くあり得る話かもしれない。
 普通なら姉貴に連絡しそうなものだが、今はテスト期間の真っ最中。最近は忙しそうな父さんと母さんに声を掛けるのも躊躇した結果、一番暇な俺に電話という訳か。

「勝ったら県大会で8月も続くけど、負けたら引退だもんね」
「引退か……」

 中学時代が帰宅部だった俺には縁のなかった話だが、三年間続けた部活の最後というのは一体どんな気持ちなんだろう?
 アイツはアイツなりに部長として頑張ってたみたいだし、その思い出は残したいに違いない。有終の美を飾るところくらい、姉貴の代わりにカメラマンとして行ってやるか。

「夢野は行くのか?」
「え? 私?」
「だってほら、夢野の妹にとっても引退試合だろ?」
(のぞみ)は梅ちゃんと違ってキャプテンでもないし補欠だから……」

 確かにそれは部活に打ち込んだ執念と時間が違うかもしれない。
 妹がバスケ部という同じ境遇かつ事情に詳しいため何となく聞いてみたが、この反応を見る限り夢野に行く予定はなかった様子。まあ、普通はそうだよな。

「でも仮に米倉君からお願いされたなら、私も一緒に行こうかな」
「え?」
「試合の応援。行ってあげなきゃ、梅ちゃん可哀想だよ?」
「まあそりゃそうだけど……いいのか?」
「コスプレとかお願いされるよりはね」

 冗談めかして答えた少女は、ニコッと微笑んでみせる。
 それを見た俺もまたつられて笑うと、夢野の提案に甘えるのだった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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