九日目(木) 粘土と向き合う姿は魅力的だった件

エピソード文字数 4,013文字

 身支度を済ませバスで移動し、昨日下見した工房に到着したのは午前10時。ここから午後4時まで昼休みを除いた5時間、俺達はずっと陶芸をする予定になっている。
 一列にずらりと並んでいる電動ろくろに対し、それぞれマイろくろを決める部員達。普段使っている陶芸室との違いは大してないが、一つだけ大きな問題があった。

「……アー」
「駄目駄目ユッキー。そんなんじゃ全国大会は狙えないわよ!」
「何の全国大会だよ?」

 業務用のパワフルな扇風機に向かって、ダレた声を上げる冬雪。というのもこの工房、クーラーという文明の利器が付いていないのである。
 今年一番の暑さと銘打っただけあって気温は既に上がり始めており、暑がりな陶芸部部長は早々と無数にある扇風機の中からマイ扇風機を確保していた。

「ネック先輩、ネック先輩」
「ん?」
「髪ゴムを咥えてる女子って、一種の咥えゴムだと思いません?」
「ゴムゴムのピストルっ!」
「何のっ! ゴムゴムの腹筋っ!」
「ゴム関係ねえだろそれっ?」
「米倉君がゴムゴムしてるのに、クロガネ君もゴムゴムしていいの?」
「じゃあヒトヒトの腹筋で」
「チョッ○ーはそんなこと言わないっ!」

 冬雪に可愛いと言われて嬉しかったらしく髪を解いたまま過ごしていた火水木だが、ろくろを挽く際に邪魔になるためか普段通りに髪を二つ結びにする。
 そして今日の暑さを考えてか、珍しく髪を縛っている少女がもう一人。普段は運動するときにしか結ばないポニーテール姿の阿久津が戻ってくるなり、夢野が目を丸くした。

「わぁー。水無月さん達、気合い入ってるー」

 もっとも驚いた理由は髪型ではなく、その恰好だったりする。
 各々がジャージや汚れても良い私服へと着替えて戻ってくる中、阿久津と早乙女はまさかのツナギ姿。作業服を着る女子高生なんて、世界広しと言えど陶芸部くらいにしかいないんじゃないだろうか。

「伊東先生が体育祭で着ていたのを見た時から、ずっと買おうか悩んでいてね。この方が着替えるよりもずっと楽だし、これからは普段の部活でも使おうかな」
「ツナギ姿のミナちゃん先輩も恰好いいでぃす!」
「でもツッキー、それ暑くない?」
「中は薄着だから見た目より暑さは感じないよ。音穏には少し辛いかもしれないかな」

 確かに便利そうではあるが、男としてはエプロン姿の方がありがたい。テツの奴は肌の露出が減ったためか、どこか悲しげな表情を浮かべているように見えた。

「…………」

 もっとも俺もまた違う理由で、何とも言えない複雑な表情を浮かべていたりする。
 ポニーテールにした阿久津だが、その髪を結んでいるのは普通の髪ゴム。俺が誕生日にプレゼントした白いシュシュではなかった。
 しかしながら火水木も先日付けていた冬雪のネックレスを今は外しているため、陶芸で汚さないために普通の髪ゴムにしたという可能性もある……と思いたい。

「それでは皆さん、まずはお昼まで頑張っていきましょうかねえ」
「はい」
「うッス!」
「……頑張る」

 俺達は粘土を用意すると、まずは荒練りを始める。
 今回使う粘土は、この地域の焼き物で使われている粘土。普段と使っている再生させた粘土ではなく完全な新品ということもあり、随分と柔らかく練りやすかった。

「何か普段より上手くなってる感じがするわね」
「それな」

 早乙女はほぼ完璧、テツと夢野もそこそこ形になった菊練りをこなせるようになっており、各々が自分の粘土を練り終わると電動ろくろの前に座り成形を始める。
 回転する土を伸ばして縮めてを何度か繰り返した後で、指に軽く力を入れて椀の形へ。今やいっぱしの陶芸中級者になった俺の手元には、なめし皮やシッピキ以外にも様々な小道具が置かれていた。
 例えばこのU字の取っ手に針金を張った、文字通り弓の形をした道具『弓』なんてのは、凸凹している口の部分を切り落とすのに便利で頻繁に使っている。
 そしてスマホを持ってる気分にさせる仕上げ用木ゴテは、内側をより滑らかにするための物。こうした道具を使うことで、より一つ一つの作品の精度は上がっていた。

「……」

 当然ながら陶芸上級者である冬雪はその上をいく。
 今少女が作っているのは、市販の食器類のような五客セット。しかし電動ろくろを挽いてみれば分かるが、全く同じ形の作品を作るというのは難しい。
 トンボと呼ばれる竹トンボそっくりな道具を使い、成形した皿の高さと口径を確認する冬雪。シッピキを使って切り終えた湯呑を見れば、流石だなと思わず感服した。

「ふう……」

 30分ちょっとかけて、一つ目の粘土の塊を使い終える。完成した作品は7個
と、まずまずの結果だろうか。
 一度に練る粘土の量は人それぞれであり、既に夢野や冬雪は二度目の成形を開始。俺も作り終えた作品を棚へ収めてから、一呼吸入れつつ二度目の成形を始めた。



「あー、もー、歪んだー」
「心が歪んでるからッスよ」
「それ、トールにだけは言われたくないわねー」



「蕾先輩、速いでぃすね。何回目でぃすか?」
「四回目だけど、失敗ばっかりだから」
「失敗は成功の素でぃす! 星華も負けてられないでぃす!」



 誰かが口を開いたり、土練りのタイミングがあったりした時には話すものの、ろくろを使っての成形時は集中していることが多いため静かな時間が訪れる。
 聞こえるのは扇風機の回る音と、外から聞こえてくる蝉の鳴き声くらい。途中で昼休憩を挟んでのエンドレス陶芸は、午後になっても延々と続いた。

「さて、後半は先生も作りましょうかねえ」
「えっ? イトセン先生って陶芸できたんスかっ?」
「鉄君は伊東先生を何だと思っていたんだい?」
「そりゃまあ、狂気のマッドサイエンティスト的な?」
「先生、鉄クンからどういう風に思われていたのか不安で仕方ありません」
「アタシも一回二回くらいしか見たことないし、これに関してはイトセンが悪いわね」

 片付けや手が汚れて面倒ということで普段は全くやらない伊東先生も、今回は珍しく成形をすることに。滅多に見られない熟練者の手捌きには「おぉー」っと歓声が沸いた。
 しかし流石に後半にもなると、5分10分の休憩をする回数が増えてくる。暑さからの避難や飲み物の購入、気分転換に美術館の方へ行くことも何度かあった。

「皆さん、お疲れ様です。そろそろ良い時間ですし、切りの良いところで終わりにしましょうかねえ。先生、アイスを買ってきますので頑張ってください」
「アイスっ? よし、ラストスパートかけるわよー」
「いよっ! イトセン先生! 太っ腹ッスね!」

 アイスと聞いて、長時間に渡る戦いに疲れ果てていた面々が息を吹き返す。
 既に粘土が少なかった俺は、最後に皿を作って成形終了。使い終わったドベ受けやボール、その他の用具類を洗った後で、作り上げた最後の作品達を棚へ置いた。

「…………」
「……ヨネ、どうかした?」
「いや、ここにあるの全部俺が作ったんだなって思うと、何かこう…………さ」
「壊したくなるんでぃすか?」
「違ぇよっ!」

 自分の制作した物がずらりと並ぶ棚を改めて見て感銘を受ける。
 休憩込みで6時間という長丁場、真面目に取り組んだ自分を良くやったと褒めたい。

「ネック先輩、何個ッスか?」
「ん……47だな」
「よっしゃ! 3個差でオレの勝ちッスね」
「甘いなテツ。削るまでが陶芸なんだよ」
「しっかし我ながら、こんなに作れるなんて思いもしなかったッスね」
「それな」
「……普段からやってほしい」
「ユッキー先輩が部活中コスプレしてくれるなら、毎日100個くらい作るッスよ?」
「……それは無理」

 ニヤニヤしながら提案するテツに対して、冬雪は静かに首を横に振る。毎日100個は流石に無理だと思うが、コスプレのために成し遂げた火水木の前例もあるからな。
 今日作った作品達は、明日の最終日に削り作業へ入る。そして削った作品達は後で送ってもらい、去年のように陶芸部の窯場で焼くという訳だ。

『パシャッ』

 一足先に終えた面々が片付け始める中、戻ってきた伊東先生が俺達に向けてシャッターを切る。成形していた時にも何枚か撮られたため、流石にカメラにも慣れてきた。

「…………」

 阿久津と夢野の二人はまだ成形中。前に夢野を教えた時にも思ったが、陶芸って粘土と真剣に向き合ってる姿が何かこうグッとくるんだよな。

「何をジッと見てやがるんでぃすか」
「別に、ただボーっとしてただけだっての」
「自分が終わったからって、ミナちゃん先輩の邪魔をしないでほしいでぃす」
「へいへい」

 しっしっと虫を払うような仕草をする早乙女を適当にあしらいつつ、先生が買ってきてくれたアイスを味わいながら再び棚へ向かう。
 早乙女の作品は確かこの段…………よし、個数では負けてないな。

「?」

 心なしか、阿久津の成形した作品数が少ない気がする。
 部長の冬雪は俺達の倍近く作っており、キャリアを考えれば副部長である阿久津も同程度の筈。しかしながら幼馴染である少女の作品は、俺達と大差ない数だった。
 最初は棚を間違えたのかとも思ったが、やがて成形を終えた阿久津が最後に作り上げた作品を置いた段は予想通りの場所。となると調子でも悪かったんだろうか。

「片付けは星華にお任せを! ミナちゃん先輩は先に着替えてきてください」
「すまないね」
「ユメノンの分はアタシがやっておくから」
「ありがとう! ごめんね?」

 こうして全員が作業と片付けを終了しアイスを堪能。再びバスで移動して午後5時過ぎには宿舎へ着くと、夕飯であるバーベキューまでは自由時間ということになった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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