末日(火) 俺のバナナが健全だった件

エピソード文字数 1,963文字

『あだ名』

 辞書で調べると愛称の項目に含まれるこの言葉には、実は二つの英訳がある。
 一つは誰もが良く知るニックネーム。ニックとは一体何だろうと思って調べたら、ボブやらジョニーが出てくる変な創作話がヒットして信じかけたのは内緒だ。
 そしてもう一つはペットネーム。
 やたら頭を撫でられ犬猫扱いされた俺には、ある意味ピッタリな響きかもしれない。

「…………ふう」

 色々あった一日を振り返りつつ、悩める青年である米倉櫻は湯船に浸かり心身を癒していた。初めての風呂シーンは梅ではないッ! この櫻だッ!

「お~邪魔~虫~」
「ん?」

 曇っている浴室ドアの向こう側、洗面所にマイシスターが現れる。先程まで食後の一番風呂を巡ってじゃんけんによる死闘を繰り広げた好敵手は、突然クイズを出してきた。

「問題です。口の中に棒を入れたり出したりして、最後に白い液体を出すものな~んだ?」
「ああ、歯磨きしに来たのか」
「ぶ~ぶ~。お兄ちゃん、つまんな~い」
「誰が引っ掛かるか。そしてそういう誤解を招く問題を出すな」
「でも今学校で流行ってるんだよ?」
「そんなのが流行するって、大丈夫かよ黒谷南中……じゃあ俺からも一問。狐はFOX、靴下はSOX、6はSIX、じゃあアレは?」
「THIS!」
「斜め上の方向に間違えやがったっ! アレはTHATだろっ!」
「あれ~?」
「上手いこと言った風にして誤魔化すな! 南中よりお前の方が心配になってきたぞ」
「ふぁいひょふ、ふぁいひょふ」

 毛の生えた棒で歯を磨き始めた妹は、誤解を招きかねない返事をする。バナナってのもこの手の連想クイズの答えになりがちだが、流石に300円とは関係ないだろう。
 浴槽から出た後でシャンプーへ手を伸ばすも、キュポキュポという中身のない空振りのプッシュ音が響いた。こういう補充をし忘れるのは、我が家では大抵父親か妹である。

「梅」
「ガラガラガラ……ふぁふぃ~?」
「歯磨き終わってからでいいから、シャンプーの詰め替え出してくれ」
「ふぁふぁっふぁ~」

 ラスボスの笑い方みたいな返事を聞いた後で、頭から洗うのを諦めて石鹸を泡立てた。
 自分の身体を洗いながら、異性との肌触りの違いを感じる。放課後の一件を思い出した後で、うがいを終え洗面台下の収納スペースを探し始めた梅に声を掛けた。

「なあ梅、男に抱きつかれてみたいか?」
「いきなり何言ってんのお兄ちゃん? あ、漂白剤出てきたけど使う?」
「ナチュラルに人を汚れ扱いするな。そうじゃなくて、ドラマのラブシーンとか憧れるよねって、クラスの女子が話してたのを聞いたんだよ」
「ふ~ん。ドラマなら梅、ラブシーンよりもドア蹴破るシーンやってみたいな」

 どうやら聞く相手を間違えたらしい。
 女子が誰に対しても抱きつけるものなのかを尋ねたかったが、ひとまずそういうものだと割り切って考えておこう。少なくとも嫌われてはいない……と。

「あれ~? どこだっけ?」
「左の奥の方にあるだろ? もし無いなら、買ってきてくれ」
「え~……あっ! でも今コンビニ行ったら、蕾さんいるかな?」
「さあな」
「また会いたいな~。お兄ちゃん、学校で会ったりするの?」
「屋代は広いから、ハウスが違うと早々見かけないぞ。まあ今日は偶然にも音楽室で会って、ちょっとした連想ゲームを出されたけどな」
「連想ゲーム?」
「300円とバナナで思いつくもの何だ」

 一通り洗い終えた身体の泡を流していく。
 シャワーで会話が一時的に中断されたが、水音が消えると思わぬ答えが返された。

「それって遠足じゃない? あ、シャンプー見っけ!」
「遠足? 一体何をどう考えたら遠……足……」
「だってほら、遠足のおやつは300円まで。バナナはおやつに『ガラッ』入りま…………へん…………?」
「梅、我が妹よ! 俺はお前を誇りに思うぞ!」
「梅はお兄ちゃんを埃以下だと思うよ。妹相手に下半身丸出しで現れて、シャンプー要求かと思ったら真顔で意味不明な宣言して、梅引くわ~。悲しくなっちゃうわ~」
「あ、悪い」
「はいこれ」

 強引に詰め替え用シャンプーを押しつけられた後で戸を閉められる。言葉は辛辣な癖に俺のバナナを直視していなかった辺り、まだまだ妹がウブなようで少し安心した。
 そして何より、思わぬ収穫でもある。
 夢野のヒント……300円の答えは、恐らく遠足を示していたに違いない。

「………………でっていう」

 小中共に違う学校である以上、一緒の遠足に行く筈がない。
 謎が全て解けたと思った直後に生まれた新たな問題。そして梅から手渡されたのが詰め替え用リンスだったのを見て、俺は肩を落としてから深く溜息を吐くのだった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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