五日目(金) 体育祭(起)が公開処刑だった件

文字数 3,402文字

 ついにこの日この時、この場所へと来てしまった。
 屋代学園体育祭……それは生徒数があまりに多いが故に校内では実施されず、近隣にある運動公園の陸上競技場にて行われる年に一度の聖戦(ジハード)である。
 一般的には連帯感・協力・調和・団結力などを養うなんて言われているが、俺からすれば運動のできる男子が、女子へ恰好いい姿を見せつけるだけのイベントに過ぎない。

「勝てる気しねーな」
「任せろって! プロテイン飲んできたからよ!」
「うわ、マジで? 楽勝じゃん」

 プロテインだけで速くならないのは、一週間前の俺が既に調査済みだっつーの。
 長い長い開会式がようやく終了。いつまでも終わりが見えない来賓挨拶という恒例行事に対し『残り来賓カウンターとかあったら良い希ガス。あと○人、頑張れ! みたいな?』なんてアキトの冗談も普段なら爆笑だが今は笑えない。
 何故なら一番最初の種目は4×100mリレー本戦。予選を勝ち抜いた十二クラスの中から今、決勝へと進む六クラスが選ばれようとしていた。
 共に出場するメンバーである但馬(たじま)太田黒(おおたぐろ)の、くだらない雑談に付き合いながら入場門へ向かう。帰宅部の男、渡辺も一緒だ。

「運動会プロテインパワーで、華麗にトップを維持してバトンをパスしてやんよ!」
「で、第二走者の俺がビリで渡辺に渡すと」
「だそうだ櫻」
「それは完全にコイツのせいだろ…………悪い、ちょっと先行っててくれ」
「ん? どうしたんだ米倉?」
「トイレだよトイレ」
「軽量化も程々にしておけよ!」

 ああ、それは割とアリかもな。
 仲間達に一言告げた後で、メインスタンド裏通路を引き返す。これでも一応確認はしたつもりだったが、軽く走っただけでも足に物凄い違和感がした。
 こう言うとまるで怪我を押しての出場みたいで恰好いいが、全然そんなことはない。

・裏技① 足首に輪ゴムを巻き、一回捻じってから親指へ引っ掛ける。
・裏技② 靴のかかと部分にプチプチ君を入れる。

 これが違和感の原因。昨日ネットで必死に調べた、足の速くなる方法である。
 ぶっちゃけこんなんで大丈夫なのかと疑いもしたが、世の中にはプラシーボ効果という自己暗示もある訳だし、今はこの裏技を信じる他にないだろう。

「……ヨネ」
「おっ?」
「……いないから焦った」
「どうしたんだ?」

 トイレを済ませた後で、AからFまでそれぞれ赤・黄・白・緑・水色・青に分けられたハチマキを巻く生徒とすれ違う中、通路へ寄りかかるように冬雪が立っていた。
 普段見慣れないジャージ姿&白ハチマキを巻いた少女は、後ろへ隠すように回していた手を前に出す。するとそこには、見慣れた桜桃ジュースが握られていた。

「……元気の素」
「くれるのか?」
「……頑張って」

 開会式前にざっと見渡したが、この競技場にある自販機に桜桃ジュースは無かった気がする。ひょっとして事前に買っておいてくれたのだろうか。
 これだけ俺を気遣ってくれるなんて、やっぱり手紙の送り主は冬雪かもしれない。そう思いつつも、ありがたく貰ったペットボトルのキャップを開けて口を付ける。

「その期待には応えられるかどうかわからないけど、サンキューな」
「……ヨネが活躍すれば、陶芸部も注目される」
「………………」



『嘘っ? Cハウス速くないっ?』
『あの足の速いアンカー、誰か何部か知ってる?』
『C―3の子に聞いてきたけど、陶芸部だって!』
『マジっ? 私も陶芸部入ろっかな~』



「いやされないだろっ!」

 少し想像してみたが、流石に無理がありすぎる。
 これは照れ隠しの冗談なのか、はたまた真面目に言っているのか。いつも通りの眠そうな表情をしている冬雪は、グッと顔の前で両拳を握り締めた。

「……ファイト」

 思春期男子にとって、女の子の応援ほど力になるものはないだろう。しかしテンションが上がって足が速くなり勝てるのかというと、それはまた別の話なのは言うまでもない。

「へいへい。残りは飲んでもいいし、要らないなら俺の荷物の上に置いといてくれ」
「……置いておく」

 ゲームですらスーパーハイテンションになっても、素早さは上がらなかった気がする。まるで勝てる気がしない俺は桜桃ジュースを返すと、処刑台へと向かうのだった。

「…………はあ」

 入場を前にして溜息を吐く。周囲の面々はいかにも運動部な男達だ。
 ここにいる一年の中にはFハウスの青いハチマキを付けた輩もいるが、阿久津や夢野達のクラスメイトではないのは事前に調査済みである。
 最終的にはハウス毎に順位がつくため、基本は同じハウスの生徒を応援する体育祭。しかし自分のクラスでなければ注目度は半減であり、スタンドでは雑談している奴も多い。

『――――それでは選手の入場です』

 女子の一年から三年までレースが全て終わったらしく、放送部によるアナウンスの後で先頭集団が競技場内へ駆け足で入っていく。
 第一走者、第二走者、第三走者と順番に集団が入場していった後で、アンカーである俺達のグループも所定位置へ向かって走り始めた時だった。

「櫻」
「……?」
「米倉君!」
「…………っ?」

 気のせいかと思ったが、空耳ではなかったらしい。
 声を掛けられたのはスタンド上からではなく、その下にある救護スペース。ジャージ姿で髪を結んだ阿久津が腕を組み、同じくジャージ姿の夢野が手を振っていた。

(………………マジですか?)

 冬雪がいたら、きっと「……マジ」と応えてくれた気がする。
 目が合った以上は気付かない振りをする訳にもいかず、小さく手を挙げつつ通過した。
 あの二人が保健委員だったのは仕方ないとしよう。だとしても当番制になっているであろう救護担当の生徒が、何でよりによってこの競技で阿久津と夢野なのか。

(…………あ。4×100で勝ち残ったクラスに、Fハウスの生徒が少ないからか?)

 何かもう絶望を通り越して、冷静に推理している自分がいた。
 アンカーであるが故に、救護スペースは走る姿が一番見やすい特等席。どう考えても公開処刑としか考えられない中、俺を含めた第一レースの六人がスタート位置へ並ぶ。

『位置についてーっ! よーいっ!』

 乾いた音を立てて銃声が鳴り響いた。
 こうなったら俺にバトンが回る前に、圧倒的大差が開いていることを祈るしかない。勿論言うまでもなく、勝ってる方じゃなくて負けてる方で。
 第一走者はテニス部の但馬。こういう時に限ってナイスなスタートダッシュに成功し、プロテイン効果なのか二位と言う好成績なまま太田黒へバトンパスを決める。

『うぉーっ!』
『頑張ってーっ!』

 頼むから頑張らないでくれ……いや冗談じゃなくマジで。
 第二走者の太田黒は卓球部であるため地力の差か、一人二人と抜かされていく。それでも四位をキープしたまま、第三走者の渡辺へとバトンが繋がった。

『ワタナベーッ!』

 意外にも足が速い男、渡辺。
 長い脚を生かして大きなストライドで駆けていく男、渡辺。
 四位から順位は下がるどころか、一人抜いて三位に浮上。決勝へ残れるかどうかはアンカー次第という、最高の見せ場もとい最悪の見せ場が到来しようとした瞬間だった。

「あ」

 バトンをスムーズに受け取るために、他の生徒達が背を向け助走を始める。
 しかし俺は視線を外すことなく、渡辺を眺め続けていた。
 その理由は至って単純。
 彼が手にしていたバトンが、コース外へと飛んで行ったから。
 それこそまるでヌルヌルだったかの如く、物凄い勢いですっぽ抜けていった。
 当然その間もレースは止まらない。

「悪い」

 慌てて拾いに行った渡辺が戻ってきた時には、既に他の連中がゴールした後のこと。
 謝る青年に対して、俺は差し出されたバトンを受け取る。そして開会式の選手宣誓通りスポーツマンシップに則った、これ以上ないほどに爽やかな笑顔で応えた。
「ドンマイ! 気にすんなって!」
 誰もいないコースを走るのも中々に恥ずかしいが、それでも戦犯扱いよりはマシだろう。
 公開処刑の身代わりになってくれた男、渡辺。俺はお前の尊い犠牲を忘れない。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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