九日目(木) ラジオ体操とクローバーだった件

エピソード文字数 4,780文字

『腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動から……はいっ!』

 合宿二日目が始まり、現在時刻は午前7時。肝試しの折り返し地点だった大木前の広場にて、俺達は夏休みの小学生の如くラジオ体操をしていた。
 天気予報では「今日は一段と暑くなるでしょう」なんて言っていたが、久々に味わった早朝の世界は程良い涼しさであり、まだ夏が始まったばかりにも拘わらず秋が恋しくなる。

『――――胸の運動~足を開いて横振りっ! 斜め上っ! 5、6、7、8!』
「何だか懐かしいね」
「確かに懐かしいでぃすけど、何でこんなのが予定に入ってるんでぃすか?」
「仕方、ない、でしょ? 去年も、やったって、ユッキーが、言うんだから」
「……大事」
「そうッス! 大事ッスよ!」

 …………少なくともコイツは、動く度に弾む女子の胸が見たいだけだろうな。
 早朝ということもあってか、火水木はいつものように髪を二つに結んでいない。下ろしている姿は初めて見たが随分と印象が違い、割と長いことにも驚いた。

『腕を振って身体を捻る運動~左っ! 右っ! 左っ! 右っ! 左に大きくっ!』
「……ヨネ、逆」
「ん……」
「ネック先輩、朝弱すぎッスよ」

 まあ半分は、お前のいびきと歯ぎしりのせいなんだけどな。
 昨日の阿久津との一件のせいで寝つけなかった俺は睡眠不足。止まらない欠伸を何度もしながら、それこそ小学生のように左右を間違えつつ身体を動かす。

『――――7、8……………………ラジオ体操第二!』
「ちょっ? 続くのっ?」
「第二なんて、あのゴリラみたいなポーズしか知らないでぃす」
「一応第三まで用意していますが、やはり皆さん第一しか知らないですよねえ。そうそう、今年は物凄くアクロバティックなラヂオ体操第四というのも追加してみました」
「どんな感じなんスか?」
「ちょっと待っていてください」
『腕を鍛えながら股関節の運動。倒立から……1、2、3、4、開脚! 開脚!』
「無理ッス! 絶対無理ッス!」

 先生のスマホを覗いて映像付きで見たテツが全力で手を横に振る。言葉だけだと運動の内容はイメージし辛いが、倒立とかサラっと言ってる時点で無理なのはわかった。
 スタンプを押して貰えないラジオ体操が終わったところで時刻を確認。朝食は宿舎側が用意してくれているが、その時間は午前8時とまだ少し早かった。

「時間あるなら何かやりましょうよ! ケイドロとかどうッスか?」
「確かに準備運動も終わって、軽く運動したい気分だね。ボクは別に構わないよ」
「オッケー。じゃあグーパーで分かれて三人の方が警察ね」

「「「「「「グーパーグーパーグゥーパァ!」」」」」」

「何スかその掛け声っ?」

 唯一知らなかったテツが最早お決まりの突っ込みを入れながらもチームが決定。警察が夢野と冬雪とテツ、泥棒が俺と阿久津と火水木と早乙女となった。
 体育祭で謎の走法を見せつけた土木作業員こと伊東先生は当然のように参加せず、周囲の景色を撮り始める。俺もあんな風にのんびりする方が良かったな。
 逃げられる範囲も決めたところでゲームスタート。最初に狙われたのは――――。

「…………俺に三人がかりかよ」
「こういうのは足の速そうな人から捕まえるのが鉄則じゃないッスか。昨日の話じゃ体力はツッキー先輩が上でも、瞬間速度はネック先輩の方が上なんスよね?」

 ぶっちゃけ俺と阿久津の最高速度は大して変わらないし、ひょっとしたら早乙女にすら負ける可能性もあるんだが、そこはまあ黙っておくとしよう。
 のんびりと角で様子見をしていたら、完全に三方向から包囲されていた件。まあやろうと思えばフェイントをかけつつ、夢野と冬雪の間を抜くことはできそうだ。

「仕方ないな。ちょっと本気出すか」
「くるッスよ!」
「すいませんでした自首します」
「諦め早っ? 何で最後まで逃げないんスかっ?」
「いや、朝から全力疾走するのもな……」

 仮に二人をかわしたところで、テツの奴に追いかけられて捕まる未来しか見えない。
 そして何より今はやる気が起きなかったため、俺は大人しくお縄につくことにした。

「……確保」
「ちなみに罪状は何なんだ?」
「……陶芸やらなかった罪?」
「その罪なら俺より先に、そこにいる坊主頭の警察官を逮捕すべきだな」
「……確かに」
「ちょっ? あ、でも府警コスのユッキー先輩になら捕まってみたいッス」
「ミズキが聞いたら、喜んで用意しちゃいそうだね」
「……着ない」

 そういや某ガラオタは『C―3萌え萌えメイド喫茶』が廃案になって、冬雪のメイド姿が見れないのを悲しんでた気がする。何でも友人の無口少女と合わせて『W寡黙ロリメイド』とかユニットを組む所まで妄想してたらしい。
 そんな冬雪に連行された俺は、牢屋という名の雑草地帯へ。残るメンバーの捕獲は夢野とテツの二人に任せ、少女はそのまま見張りとして腰を下ろした。

「四つ葉のクローバーでも探すか」
「……私も探す」

 朝からケイドロなんて疲れるし、最初からこれを提案すべきだったかもしれない。
 遠くでテツと夢野が阿久津を追い回す中、俺と冬雪は平和そのもの。時々は青空に浮かぶ入道雲を見上げつつ、黙々と四つ葉のクローバーを探し始めた。

「…………なあ冬雪」
「……何?」
「もしも俺が陶芸部辞めたいって言ったらどうする?」

 冗談めいたトーンで尋ねたにも拘わらず、まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの悲しみに満ちている表情を見せる冬雪。罪悪感マジ半端ないなこれ。

「も、もしもだって。そんな顔するなよ」
「……またミナと何かあった?」
「別に阿久津は関係ないっての」

 あれから阿久津とは一言も喋っていない。
 懐中電灯も持たずに先行し、俺と距離を開けて帰ってきた少女に仲間達も最初は疑問を感じただろうが、どうやら帰りだけテツ達同様に競争したと伝えたらしい。
 付け加えて伊東先生の怪談が実は作り話だったと他の面々に説明。そちらに興味が向けられたため、俺との肝試しが険悪になったことを悟られはしなかった。

「ただ単に俺がいなくなったらどうなるのかなーって、ちょっと考えてみただけだ」
「……ヨネがいなくなったら、きっと皆いなくなる」
「何でそうなるんだよ?」
「……何となく」

 冬雪のとんでも理論に苦笑いを浮かべる。
 別に俺一人抜けたところでテツも火水木もいるし、騒がしさも大して変わらないだろう。

「……先輩が卒業して、最初はミナと二人だけで寂しかった」
「ん?」
「……そこにヨネが来てくれたから、マミが来て、ユメが来て、今はトメとクロもいる」
「それ、別に俺関係ないだろ?」
「……そんなことない。あった」

 どっちだよと言い掛けるが、どうやら別件だったようだ。
 冬雪は腕を伸ばすなり、見つけた四つ葉のクローバー摘み取った。

「……ヨネが辞めませんように」
「確か四つ葉のクローバーって見つけた人間に幸せが訪れるだけであって、何でも願いを叶えてくれるスーパーアイテムじゃなかったと思うぞ?」
「……またあった」
「見つけるの速いなおい」
「……ヨネとミナが仲直りできますように」

 冬雪が再び願いを呟く。
 そして眠そうな瞳でこちらを見つつ、微かに笑ってみせた。

「……ヨネのお陰で賑やかになったから私は幸せ」
「もっと部員が増えてほしいとか、そういう願いはないのか?」
「……今はいい」
「そうか。そりゃ何よりだ」
「……私は幸せだから、ヨネにも幸せになってほしい」
「幸せって言われても、いまいちイメージが沸かないな」

 恋人ができること?
 平穏な日常?
 どちらも幸せであることには間違いないだろう。

「……幸せは楽しいこと。ヨネはミナと話してる時が楽しそうだった」
「そうか?」
「……ミナも一緒で、ヨネのことを話す時は楽しそうだった」
「悪口言われてるイメージしか沸かないけどな」
「……そんなことない」

 確かに、阿久津とくだらない冗談を語り合っていた頃は楽しかったと思う。
 だからこそ調子に乗って告白した俺を、馬鹿野郎と全力でぶん殴りたいくらいだ。

「……だからミナだって、本当はヨネのこと嫌いになりたくない」
「ん?」
「……ミナもヨネと仲直りしたいと思ってる」
「とてもそうは見えないけどな」
「……ミナ、最近凄く悩んでる」
「アイツなら大抵の悩みなんて自己解決するだろ」
「……解決できないから、どうすればいいのかわからなくて困ってる」
「何だそりゃ?」
「……だから最近、凄くミナらしくない」
「!」
「……今のミナは間違ってると思う」

 間違ってるという言葉の意味はわからないが、阿久津らしくないという冬雪の一言には同感だった。
 いつになく喋る冬雪だが、少女はクローバーを探していた手を止める。

「……でもどうしていいのか、私にもわからない」
「…………」
「……ただヨネには、ミナのこと嫌いにならないでほしい。それに元気でいてほしい」

 眠そうな瞳が、ジッと俺を見つめている。
 上手く説明こそできていないものの、いつかまた笑い合える日を待ち望んでいるという少女の優しさだけは充分身に沁みて伝わってきた。

「わかってないな冬雪。俺は阿久津を嫌ったりなんてしないっての」
「……本当に?」
「何なら良い機会だし教えてやろう。米倉櫻に100の質問! Q1っ!」
「……多いからいい」
「いや一つくらい質問してくれよっ!」
「……Q1、好きな釉薬は?」
「マニアック過ぎませんっ?」

 最初の質問だし血液型くらいから入ってくるかと思いきや、とんだデッドボールを投げつけられた。このままだと残り99の質問も陶芸だけになりそうな気がするな。

「おし。冬雪が三つも見つけたなら、俺は五つ葉を見つけるか」
「……あるの?」
「六つ葉とかもたまにあるぞ。ちなみにギネス記録は五十六つ葉だ」
「……それ、クローバー?」
「知らん」

 何はともあれ、冬雪のお陰で少し元気が出てきた。
 くだらない雑談をしながら探していると、遠くから聞こえてきた確保の声。チラリと振り向けばテツが火水木を捕まえたらしく、俺達の元へと連行してくる。

「ユッキー先輩、後は宜しくッス」
「……任せて」
「ちょっとネック、何真っ先に捕まってるのよ?」
「ル~ルル♪ ルルルル~ルル♪ ルルルル~ル~ル~ル~ル~ルル~♪」
「……?」
「いきなり何か始まったわね」
「冬雪の部屋。本日は何とお忙しい中、この方が来てくださいました。頭の良いお兄さんをお持ちで、陶芸部の盛り上げ役でもいらっしゃいます、火水木天海さんです。どうぞ宜しくお願いします」
「……いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
「……マミ、髪解いたの初めて見たけど可愛い」
「本当っ? 照れるわねー。ユッキーは結んだりしないの?」
「……苦手」
「ラ~ララ♪ ララララ~ララ♪ ララララ~ラ~ラ~ラ~ラ~♪」
「慣れれば簡単よ。ところで今日のゲストがアタシなら、コイツが誰か気になるんだけど」
「……OPを歌う人?」
「ラァ~ラ~ラ~ラァ~♪」
「ルルララ歌ってる人に紹介されてたのっ?」

 仮に陶芸部メンバーで○○の部屋をやるとしたら、冬雪の部屋が一番平和な気がする。ただし司会進行は喋らなくて、完全にゲスト任せな番組になりそうだけどな。
 火水木も交えつつ四つ葉のクローバー探しに勤しんでいると、阿久津と早乙女が捕まらないままケイドロはタイムアップ。程良い時間になったところで、俺達は宿舎へと戻り朝食を堪能するのだった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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