六日目(火) 音楽部しか知らない秘密の屋上だった件

エピソード文字数 3,497文字

 自分の下駄箱へ店長宛てに包んだ金を入れておけば、放課後までに目的の商品が届く。
 通販もビックリな支払い&受け取り方法をアキトから聞いた俺は、半信半疑になりながらも言われた通り、財布に入っていたなけなしの3000円を包み靴箱へ入れた。
 うっかり第三者が金を見つけて盗まないか不安で仕方なく、休み時間の度に下駄箱を確認してから昇降口を徘徊する。あまりに細かく席を立ち過ぎていたため、トイレに行っていると勘違いした相生から体調の心配までされてしまった。

「!」

 そしてホームルーム後、待ちに待った放課後に予定通りの変化が生じる。
 靴箱を開けると封筒が無くなっていた代わりに、ビニール包装されたトランちゃんのストラップ……更にはご丁寧にラッピングペーパーとリボンまで準備されていた。
 破損や汚れもなく、完璧な新品にすら見える商品。仲介料とか言ってアキトが代金の一割(実際は昼飯の奢り)を要求してきただけあって、中々の仕事っぷりである。
 しかし学生にも拘わらず放課後までに用意するなんて、一体何者なんだノブ……じゃなくて店長。まさか屋代の学生なのか、ノブオ……じゃなくて店長。

「さてと」

 当初は店を歩き回りバイト後に渡すつもりだったが、目的の品を手に入れた以上は早い方が良いだろう。というか夜まで待つとか、その方が色々考えてしまい落ち着かない。
 そう判断し誰もいない教室で不器用なりにラッピングを終えると、授業以外で立ち寄る機会なんて滅多にない芸術棟の四階、音楽室へと向かった。

『だからそんなんじゃ駄目だっつってんだろぉっ?』
「っ?」

 階段を上り終えるなり響いた怒号。その発生源は全日本コンクールの常連、火水木もスパルタと言っていた屋代自慢の吹奏楽部からだ。
 行事や文化祭で演奏を聞くことはあるものの、こうして練習風景を見るのは初めてのこと。噂に名高い鬼顧問の罵詈雑言に怯えながらも、アウェーな空間の奥へと歩を進める。
 電子オルガン部と吹奏楽部を抜け、音楽部に到着するも止まらず通過。それとなく横目で覗いてみたが、前屈などのストレッチをしており相生ですら見つけられなかった。

「…………」

 廊下をある程度進んでから、何かを思いついた素振りをしてUターン。再び音楽室の中を確認したが、やはり夢野蕾は見当たらない……というか仮にいたとしても、この様子じゃ声を掛けるのは無理だろう。
 音楽部なんてパート練習と称しつつ馴れ合い、皆で歌って楽しむだけ。そんなイメージとは対称的に、準備運動ですら真剣に行う部員達の姿が目の前に広がっていた。

「…………ふっ」

 確かに火水木の奴に、この空気は無理かもしれない。
 久し振りに『部活動』を見たことで陶芸部の緩さ、そして伊東先生のありがたみを改めて感じつつ、色々考えていた頭をリセットしながら四階の階段を下りていった。
 やっぱり大人しく、バイト後に渡すとしよう。

「あれ? 米倉君?」
「ふぉおっ?」

 踊り場でまさかの遭遇。思わず声を上げ一歩退いてしまった。
 その姿が滑稽だったのか少女は微笑むが、俺の脳内は依然として混乱中。エンカウント音が聞こえて『夢野蕾はいきなり襲いかかってきた』的なメッセージが流れている。

「どうしたの? 先生に用事だったとか?」
「いや、先生じゃない」
「じゃあ葵君?」
「葵でもなくて……その、ちょっと話があるんだけど、今時間ある?」
「えっ? ひょっとして、私……?」
「わ、悪い。忙しいなら後でいいんだ。急ぎの用って訳じゃないから」
「ううん、大丈夫だよ? 今日は日直で部活には遅れるって伝えてあるし全然大丈夫!」
「そっか。それなら…………って、ここじゃマズイか」

 もし音楽部の顧問が吹奏楽部並みに怖いなら、こんな場所で彼女を引き止めて話し込むのは得策じゃない。そういう意味じゃ、あの部活風景を先に見ておいて良かったと思う。
 しかし一階まで下りて陶芸部へ連れていくのも悪いし、さてどうしたものか……。

「ねえ米倉君、ちょっと付いてきてくれる? 良い場所があるの」
「?」

 軽快なステップで階段を上がり始める少女。まさか音楽部に向かったりしないよなと不安になりつつ後へ続くと、四階に着いた彼女は周囲を確認してから更に上を指さした。

「こっちこっち」
「えっ? でも――」
「しーっ」

 AからFまでのハウスは三階、今いる芸術棟は四階までの構造だ。
 ところが彼女は生徒立ち入り禁止と書かれた看板を無視して、屋上へと続く階段を足早に上る。それを見た俺も人がいない間に素早く階段を駆け上がっていった。
 辿り着いた先は小窓と扉が一つずつあるだけの行き止まり。ちょっとした物置代わりに使われているのか、ボロボロになった机や椅子が並べて置かれている。

「良い場所って、ここ?」
「まさか。こんな埃っぽい場所、米倉君も嫌でしょ?」

 普段から埃っぽい陶芸室にいるとはいえ、確かにここは勘弁願いたいな。
 しかし正面にある屋上へ続く扉は当然鍵が掛かっており開かない。学生にとって屋上とはロマンの宝庫とも言える存在なのに、飛び降りたりしないから解放してくれよ本当。

「本当は屋上に出られたら良いんだけどね」

 俺と同じことを考えていたらしい少女は、向かって右側にある小窓へ手を掛ける。こちらも鍵が掛かっているのかと思いきや、何故か窓はいとも簡単に開いた。

「ちょっと窮屈だから、頭ぶつけないように気を付けてね」

 彼女はそんな案内をしつつ、机を踏み台に小窓を抜ける。後へ続くと広がっていた世界は紛れもなく外界だが、屋上とは室外機で隔離された小さなスペースだった。

「へえー。こんな場所があったのか」
「音楽部しか知らない秘密の屋上……なんてね」
「屋代七不思議?」
「あ、米倉君も知ってるんだ! ねえねえ、陶芸部しか知らない秘密の地下室って本当にあるの?」
「少なくとも、俺は知らないよ」
「そっかー。やっぱり部外者の私には教えられないよね」
「いや本当に知らないんだけどっ?」
「うんうん、ちゃんとわかってるから。それで、話って?」

 一体どういう方向で理解されたのか不安になるな。
 自分が何の為にここへ来たのか思い出しつつ、軽く咳払いをした後で口を開いた。

「あ、ああ。その……答え合わせと、これを渡したくて」

 我ながら頑張って包装を施したストラップをポケットから取り出す。少女は驚き目を丸くすると、ゆっくり手を伸ばしプレゼントの包みを受け取ってくれた。

「何だろう……開けてもいい?」
「うん」

 普段とは違う、それこそクリスマスの子供みたいな笑顔に応える。
 綺麗な手によって丁寧にリボンが解かれていくと、中から現れたトランペットをデフォルメしたキャラクターに歓声が上がった。

「トランちゃん!」
「その、300円のお返しに探してきたんだ」
「え……?」

 携帯を取り出すと、変わり果てたクラリ君を見せる。
 もし俺が受け取っていたならこんな姿では済まなかったし、ひょっとしたら失くしていたかもしれない。姉貴が今でも持っていてくれて本当に良かった。

「一緒のそろばんに通ってたこと、映画へ行った時に姉貴が気付いてさ。話を聞いて少しは思い出したんだけど、正直あんまり覚えてなくて……何て言うか、本当にゴメンっ!」

 深々と頭を下げる。
 静寂の後で、小さな吐息が漏れた。

「…………くすっ」

 下ろしている頭上にやんわりと手が乗せられる。
 そして許す意志の表れなのか、少女は俺の頭を優しく撫でた。

「よしよし。なんちゃって」

 前言撤回。またもペット扱いだったらしい。
 柔らかい手が離れた後で頭を上げると、少女は俺の前に屈みこむ。危うく流れで頭を撫でそうになったが、どうやら携帯にぶら下がっているクラリ君を眺めているようだ。

「クラリ君って、米倉君に似てるよね」
「へ?」
「皆に振り回されてる苦労人。ちょっぴりドジなところもあるけど、決める時にはビシっと決めるオーケストランの人気者…………」

 私もトランちゃんみたいになりたかったな。
 そう小声で呟いたのが聞こえたものの、うろ覚えの俺にはその意味がわからない。そもそも今の説明を聞いても、クラリ君が自分に似てるとすら思わなかった。

「トランちゃん、探すの大変じゃなかった?」
「まあ、程々に」
「そっか。ありがとうね」



 ――――でも、外れだよ♪
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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