十六日目(火) 三人での登校は二度目だった件

エピソード文字数 3,600文字

 午後に雷雨が予報されているとは思えないほど晴天の中、昨日に続き今日も電車での登校。相変わらず約束をした覚えは一切ないものの、幼馴染の性格を把握しているからこそ俺は昨日より十分早く家を出る。
 実は一緒に登校なんてサービスタイムは昨日だけであり、今日は既に一人で出発済み。置いてきぼりにされていることにも気付かず阿久津を待ち続けるなんてことになったら、とんだピエロだな……なんて可能性を考える必要は一切なかったようだ。

「よう」
「やあ。おはよう」
「今日は何分待ったんだ?」
「大体五分くらいかな」
「これを繰り返していったら、そのうち始発に乗る羽目になりそうだな」
「差は縮まっているんだからそれはないさ。どちらかと言えばアキレスと亀だね」
「アキレスと亀?」
「仮に明日キミが五分早く家を出たとしても、ボクは更に二分半キミより早く家を出て待っている。櫻がボクより先に家を出ることは、いつになってもあり得ない……といった感じの話だよ」
「いやそれはおかしいだろ。五分早く出たら二分半の差がつくとしても、十分早く家を出て五分の差が縮まったんだから、もう十分早く出れば追いつける計算じゃないのか?」
「その通りだよ。これは単なる詭弁、パラドックスさ」

 幼馴染と一緒に登校という、言葉だけ聞いたら羨ましがられるかもしれないシチュエーションだが、その会話内容が少々おかしい気がするのは俺だけだろうか。
 昨日も後半は予備校関係の話ばかりだったが、反応を見ていた限りでは誰かが阿久津にアプローチを掛けているとか、その逆の可能性は今のところないらしい。
 個人的には「ボクは予備校へ友達作りじゃなく、勉強しに行っているんだよ」というバッサリ一刀両断する発言が、実に阿久津らしくてホッとしたくらいだ。

「そういえば…………?」
「どうしたんだ?」
「いや、あそこにいるのは蕾君じゃないのかい?」
「え?」

 駅が見えてくるなり、不意にそんなことを言われる。
 駅前にいた屋代の制服を着ている女子生徒をよく見ると確かに夢野であり、携帯を眺めている少女は階段を上る気配もなく誰かを待っているようだった。

「キミが心配で電車に変えたのかもしれないね」
「まさか。昨日はいなかったし、流石にそれはないだろ」
「キミが電車で登校することを、望君経由で昨日知ったんじゃないのかい?」
「いや、夢野には日曜にメールで話してたからさ」
「ふむ。そうなると確かに妙だね」

 やがて俺達が近づくと、前髪を桜のヘアピンで留めたショートポニーテールの少女がこちらに気付き手を振ってくる。久し振りに見る、天使のように眩しい笑顔だ。

「米倉君。水無ちゃん。おはよう」
「おはよう蕾君」
「おっす。どうしたんだ?」
「今朝になって自転車がパンクしちゃって」
「それはまた不幸だったね」
「うん。少しでも空気が入ってくれるなら何とかなるんだけど、空気を入れてもすぐに抜けちゃう状態だったから、流石に無理かなーって思って電車にしたの」
「あー、それはパンクじゃなくて、虫ゴムが原因かもな」
「虫ゴム?」
「自転車の空気入れる場所にある部品だよ。黒いキャップを外した、あの根元の部分のやつ。前に俺もなったんだけど、あそこが劣化してたりすると空気がすぐ抜けてさ」
「へー。そうなんだ」

 パンク修理よりも値段が安く済んだため、割と印象に残っていたりする。ちなみに虫ゴムという名前の由来は、虫のように小さいパーツだから……だったかな。

「それで米倉君が今週は電車で行くって言ってたし、間に合うかと思ってメールを送ったんだけど、返事が来なかったからまだ乗ってないのかなーって思って」
「マジかっ? マジだっ! スマンっ!」
「ううん。大丈夫。私もついさっき着いたばっかりだから」

 慌てて携帯を確認すると、確かにメールを一件受信している。どうやら家を出た直後に届いていたようだが、全くもって振動に気付かなかった。

「二人は待ち合わせしてたの?」
「待ち合わせと言うよりは、待ち伏せと言うべきかな」
「ちょっと待て。お前は怪我人である俺に攻撃でもするつもりだったのか?」
「まあ、場合によっては」
「どんな場合だよっ?」
「ふふ。やっぱり水無ちゃんも米倉君が心配だったんだ」
「昔から櫻が口にする大丈夫は、今一つ不安だからね」

 夢野と同じようなことを言われて思わず苦笑い。心当たりがないと言いたいところだが、仮にそんなことを口にしたらコイツは閻魔の如く俺の罪を挙げ連ねてくるだろう。
 女子二人に挟まれながら階段を上ると、改札を抜けて電車が来るのを待つ。

「陶芸部、新入部員はどう?」
「望ちゃん以外はからっきしだ。音楽部はどれくらい入ったんだ?」
「うーん、大体去年と同じで、二十人くらいかな?」
「流石だな」

 この時期は昼休みになると、宣伝としてハウスホールでパフォーマンスする部活も多い。文化祭で聞いた電子オルガン部によるエレクトーン演奏もその中の一つで、今回も相変わらず豪快かつインパクトのある演奏だった。
 他にも屋代を代表する吹奏楽部の演奏は勿論、応援部が声を張り上げたり空手部が板を割ったりしていたが、音楽部が歌を披露している姿は見ていない。
 しかしながら宣伝していないという訳でもなく、思い出したように阿久津が口を開く。

「そういえばこの前、中庭でパフォーマンスをやっていたね」
「うん。新入生と一緒に歌うミニコンサートとかもやったりしてるんだけど、今年はそれに加えてゴールデンウィーク明けにやるミュージカルの練習もあって大変」
「ミュージカルまでやるのかい?」
「うん。中庭で歌ってた曲がミュージカルの曲だよ」

 俺も音楽部=合唱コンクール的な感じで歌うだけのイメージだったため、美少女と猛獣のミュージカルをやるとメールで聞かされた時には正直ビックリした。
 まあ吹奏楽部だって演奏するだけじゃなく踊ったりするマーチングがある訳だし、そう考えれば別におかしいことではないのかもしれない。まあどっちかって言うと、何となく演劇部っぽい気もするけどな。

「そういえば陶芸部の歓迎パーティー、明後日になったんだよね?」
「ああ。言い忘れてたけど、情報が早いな」
「キミ以外のメンバーには全員、グループでメッセージが送られているからね。櫻にだけ毎回メールを送るのが面倒だと、前に天海君がぼやいていたよ」
「三年生になったんだし、この機会に米倉君もスマホにしてみたら? 今ならゴールデンウィークで安く買えるかもしれないよ?」
「今の携帯にしてまだ一年半くらいだし、壊れるか卒業したら考えるんだけどな」
「ふむ。そうなると夏休みの可能性が高そうだね」
「もう二度と釉薬には落とさないっての」

 月曜日だった昨日は阿久津も部活に顔を出しており、夢野以外のメンバー全員が集合。その際に二日に行う予定だった歓迎会を、急遽明後日の放課後へと変更した。
 理由は連休の関係上、俺が抜糸を行える都合の良い日がそこしかなかったため。幸いにも他メンバーはすんなり受け入れ、それどころか心配してくれたくらいだ。

「具体的に何をやるかって、もう決まったの?」
「ボクは何も聞いていないけれど、どうなんだい?」
「俺も具体的には知らん。当初の予定としては休日だったらたこ焼きパーティーにするつもりだったらしいけど、平日になったから中止にしたってのは聞いたな」
「ふむ。それだけを聞けば普通だけれど、何と言っても今回は主催が鉄君だからね。企画してもらう身で悪いとは思うけれど、正直に言って不安ではあるよ」
「そうなの? 私は楽しみだけど」
「いやいやいや、火水木が『ネ○リーグ』とか『マジカルバ○ナ』とかやるのに対して、アイツは『笑ってはいけない陶○部』とかやりかねないレベルだぞ?」
「まあ今後のことを考えて、ブレーキ役を星華君に頼んでおくよ。ボク達が引退した後で望君が苦労するようなことになったら大変だからね」
「そうだな。頼んだ」
「うーん。ミズキの企画もクロガネ君の企画も、私は大して変わらないと思うよ? 去年のクリスマスにやった闇鍋のこと、二人とも忘れてない?」
「あー」
「…………そう言われると、確かに否定できないね」
「でしょ?」

 俺達は思わず苦笑いを浮かべながら、ホームにやってきた電車へ乗る。
 その後も他愛ない雑談が続いたが、以前に三人で登校した時は阿久津と夢野の会話に入ることもなく置き去り状態だったものの、今日は妙に二人から話を振られるのだった。
 …………今思えば、これは予兆だったのかもしれない。
 俺の未来を大きく変える運命の日がすぐそこまで迫っていたことに、この時はまだ気付きもしなかった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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