九月(下) 秋の日の贈り物

エピソード文字数 3,669文字

「それじゃあ蕾ちゃん、今日も宜しく頼むよ」
「はい!」

 9月26日、日曜日。天気は晴れ。
 私は今日、筍幼稚園で月に一度あるイベント『休日ふれあいの会』にお邪魔しています。そう、今から約一年前、米倉君達と皆で行ったあのイベントです。
 将来保育士を目指している私は定期的に顔を出していますが、ここ数ヶ月は色々と忙しかったので筍幼稚園に来るのは久し振りだったりします。
 今日来ている学生ボランティアは私の他に男子と女子が一人ずつ。二人とも今回が初めてじゃなくて何度か来ていたことがあるから、すっかり子供の対応にも慣れています。

「おねーちゃん、いっしょにあそんであげる!」
「本当に? ありがとう」
「すなばいくひと、おねえちゃんのゆびとーまれ!」
『はーい!』
「おしろつくろー」
「えー? とんねるつくりたーい!」
「それじゃあ、両方作ろっか」

 雪ちゃんが革命を起こして価値が下がった細長いシャベル……通称トンガリも、一年経ったらやっぱり元通り。筍幼稚園では、相変わらず隠し合いが続いてるみたいです。
 水無ちゃんが遊んであげた男の子も、今では沢山友達ができています。最初の頃は「友達100人作ったら、またあのお姉ちゃんが来てくれるんだよ!」とはりきって友達作りを頑張ってたけど、あの様子だと流石にもう忘れちゃったかな?

「おねーちゃんおねーちゃん! てつぼうやろーよ! ぼく、さかあがりできるんだよ!」
「えー? ギンガ君、逆上がりできるんだ。凄ーい!」
「そんなの、オレだってできるし!」
「でもぼく、れんぞくもできるんだよ! アルトくん、できないでしょ?」
「できるし! オレなんて、かたてでもできるし!」
「うっそだー」
「なんなら、かたあしでもできるし!」
「うーん。鉄棒もやりたいけど今は皆でお城とトンネルを作ってるから、ギンガ君も一緒に作るのを手伝ってくれたら嬉しいなー」
「いいよ!」

 このまま放っておいたら「手も足も使わずに逆上がりができる」なんて言い出しそうなアルト君。負けず嫌いなのは良いけど、嘘を吐いちゃうのは良くないよ?
 だけど子供って見てて本当に面白い。クレヨンが描けなくなったら「電池が切れた」って言い出したり、雪だるまを作ったら溶けるのが嫌だからって一生懸命フゥーフゥーしたり、そんな姿を見せられると私も思わず笑っちゃう。
 ボランティアを始めた最初の頃は、玩具の取り合いから喧嘩を始めちゃった時とかどうすればいいのか困ったけど、最近は保育士さんの対応を見てきたこともあってか対処にも慣れてきた気がする。
 それでも泣き声を聞いて駆けつけたら二人の子供が互いに悪いと言い合って泣いてる……なんて場面に出くわしたりすると、今でも少し困っちゃうけどね。

「おねーちゃん! おだんごつくった! たべる?」
「わーい、ありがとう! いただきまーす。ムシャムシャ……おいしーい♪」

 こうして砂場でお城を作りながらおままごとをしてると、昔のことを思い出しちゃうな。



 ★★★



「じゃーこれあげる!」
「え……いいの?」
「うん! それすっごく美味しいんだよ!」

 私が米倉君と出会ったのは年長になってある日のこと。私のお母さんが迎えに来られなくて落ち込んでた時に、桜桃ジュースをプレゼントしてくれたのが全ての始まり。
 家に帰った私がお母さんにそのことを話すと、お母さんは私にお礼のための120円を渡してくれた。今思えばこれで同じように飲み物を買ってあげれば良かったんだよね。
 当時(今も?)頭が回らなかった私は翌日、硬貨を握り締めたまま園内を捜索。米倉君は思ったより簡単に見つかって、外でかくれんぼの鬼をしてました、

「――――8、9、10!」
「櫻君」
「あ! 昨日の蕾ちゃん!」
「うん。その、これ――――」
「あっ! 僕のお金っ?」
「ち、違うよ! これはママに貰ったお金だから」
「じゃあもしかして、蕾ちゃんもジュース買うの?」
「ううん。そうじゃなくて、昨日のお礼をしなさいってママが……」
「じゃあいらない!」
「どうして?」
「だって一日に二本も飲めないもん! そんなことより、一緒にかくれんぼやろうよ!」
「えっ? でも……いいの?」
「うん! かくれんぼ、凄く面白いよ!」

 結局その日は、米倉君と一緒にかくれんぼで遊んじゃいましたとさ。
 ポケットに入れた120円はそのまま家に持ち帰って、次の日に再び渡そうと米倉君の所へ。だけどやっぱり受け取ってもらえず、一緒にかくれんぼをしちゃった気がする。
 そのまた次の日も、更にまた次の日も同じことの繰り返し。今思えば「一日に二本も飲めない」っていうのはお腹がいっぱいって意味だけじゃなくて、ジュースを二本飲んだらいけないっていう米倉君の家のルールとかでもあったのかな?

「かくれんぼする人、この指止ーまれ!」
『わーい!』

 気付けば私は米倉君が大得意だったかくれんぼの常連。米倉君のお陰でヒマワリ組だけじゃなくタンポポ組の友達も沢山できて、毎日が本当に楽しかったんだと思う。
 当時の米倉君は優しくて恰好良くて、特に女の子達からはモテモテの引っ張りだこ。そしてその傍には、いつだって水無ちゃんが一緒だったんだよね。

「櫻君! 水無ちゃん! あーそーぼ!」
「「いーいーよ!」」

 私達は毎日と言ってもいいくらいに、本当によく三人で遊んでたと思う。
 遊びの内容を決めるのはいつだって米倉君で、私と水無ちゃんは反対なんて一切なし。それこそカルガモの親子みたいに、米倉君の後にひたすらついていったっけ。

「僕が勇者で、ミナちゃんがパラデン! 蕾ちゃんが僧りーね!」
「うん!」
「わかった!」

 時には見えない魔物を相手に戦って、一緒に冒険の旅をしたり。

「忍法、忍法の術!」
「術!」
「術!」

 また時には米倉君が考案した『忍法術ごっこ』で遊んだり。

「山はこう書いて、川はこう! それに1たす1は2なんだよ!」
「へー」
「櫻君、凄い!」

 桃さん直伝の博識を披露する米倉君に、勉強を教えて貰ったこともあったよね。
 そんな楽しい毎日を送っていたら、一週間も一ヶ月も一年も本当にあっという間。夏、秋、冬と過ぎていって、季節は桜の花が芽吹き始めた三月になってたかな。

「あれ? 水無ちゃんは?」
「ミナちゃん、今日はお休みなんだって」

 その日は私と米倉君の二人だけだったのを覚えてる。
 そして私達の今日の遊びは、秘密基地でおままごとをすることに決定。秘密基地って言っても米倉君が年少の時に友達と一緒に作った、敷地の隅にある茂みの中の小さなスペースなんだけどね。

「いただきまーす!」
「めしあがれ♪」

 楽しかった幼稚園での毎日も、後少しで終わり。
 この時の私は、米倉君と違う小学校に進むことをお母さんから聞かされてた。

「ねえ、櫻君?」
「なーに、蕾ちゃん?」
「水無ちゃんと私、どっちが好き?」
「蕾ちゃん!」
「じゃあ私、櫻君の彼女になる!」
「うん! いいよ!」

 思い出しただけで笑っちゃうような会話だけど、これが私と米倉君の始まり。
 きっとあの時の彼は八方美人で何も考えてなかったかもしれないけど、私の想いは櫻君に対しても、クラクラに対しても、そして米倉君に対しても変わらない。

「櫻君、だーいすき!」



『チュッ』



 ★★★



「ただいま」
「おかえりお姉ちゃん……あ、今日はボランティアの方だっけ?」
「うん。望もまた来てくれたら助かるんだけどね」
「あはは……子供の相手は、私にはちょっと大変過ぎて無理そうだったから……」
「一回行っただけで無理だって決め付けずに、また今度参加してみない? もう一年近く前の話になっちゃうけど、梅ちゃんは鬼ごっこで良いお姉ちゃんしてたよ?」
「うーん……じゃあ受験が終わったら、梅ちゃんと一緒に行ってみようかな」
「そうこなくちゃ」

 望の受験が終わる半年後には、筍幼稚園のあの子たちも卒園する頃か。
 私は卒園式のことを今でも覚えてる。
 米倉君と会える最後の日、私は彼に想いを込めた手紙を用意した。

『先生、さようなら。皆さん、さようなら。小学校に行っても、頑張ります!』

 …………だけど卒園式の日、米倉君の姿はどこにも見当たらなかった。
 理由は、まさかのインフルエンザ。
 だから私の書いた手紙は、彼の元に届くことはないまま――――。

「お姉ちゃん、ボランティアから帰るといつもそれ見てるよね」
「いいの!」

 ――――届くことはないまま、今も私が持ち続けてる。
 ずっと渡せなかった120円と共に、アルバムの奥で大事に保管してる。
 いつか米倉君が全てを思い出して、これを渡せるような日が来たときのために……。

『――――さくらくん、ずっとずっとだいすきだよ。つぼみ』
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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