一日目(月) 二年の授業が選択だった件

エピソード文字数 4,035文字

 生徒総数は約2500人。一学年800人以上のマンモス校、屋代学園。
 これだけ聞くと凄そうだが、生徒会が学校を支配することもなく、風紀委員や理事長なんてものも存在しない。相変わらず大きい以外は至って普通の高校だ。
 ただ人数が多いためクラス替えという一大イベントはなく、教室の位置こそ変わったもののC―3の出席番号16番は未だに米倉櫻(よねくらさくら)のままである。

「ぶっちゃけ長距離走より、シャトルランの方が楽だし好きなんだよな」
「カウント読み上げが萌えボイスだったら好きになれる希ガス」
「どんなんだよそれ?」
「ドーレーミーファーソーラーシードー♪ ふぇぇ、3歳だよぉ……的な? 回数が増えると共に年齢が増していくシステムでござる」
「面白そうだけど、100超えた辺りで入れ歯が飛びそうだな」
「ちなみにギネス記録は375回な件」

 中々の名案だと思ったが、流石にそこまでは生きられない。途中からアンドロイドボイスになったりして……って、まさかあの無感情ボイスこそ人間の成れの果てなのか?

「米倉氏は何回の記録保持者で?」
「ん? 80くらいだった気がするけど、何でだ?」
「75回を超えた時点で距離的には長距離走の方が楽な件。シャトランタオリンピックは片道20mですしおすし」
「あー、成程な。確かにそうかもしれないけど、次々と脱落していく中での生き残りって考えると何かウキウキして楽しくならないか?」
「つまりは『ハッハッ。見ろぉ! 人がゴミのようだぁ!』ということですな」

 当たらずとも遠からず……ってか地味に物真似が似てる件。
 ガリガリからガリ程度になったガリオタ……じゃなくてガラオタの火水木明釷(ひみずきあきと)は、ちゃっかり新学期の委員会決めで評議委員というクラス代表を飾るまで昇進していた。
 パートナーの女子からは『火水木君なら安心』とか言われる始末。これが一年前だったらそれこそゴミを見るような目で見られただろうに、恐るべしオタクである。

「櫻君、一緒に走らない?」
「40秒でゴールしなっ!」
「えぇっ?」

 華奢な身体つきに高めの声。高校二年になっても、葵が男の娘なのは変わらない。
 恐らく今年もクラスの連中から女装コンテストなりメイド喫茶を奨められて断り切れず、女装やらコスプレをする未来が今から予想できるくらいだ。

「お忘れかな相生氏? 昨年拙者が同じように提案した時、米倉氏はOKと言いながら途中で裏切って一人先に走り去っていったことを。そして残り一周の所でバテた米倉氏を、拙者達が抜き返したことを」
「そ、そういえばそんなこともあったね」
「気を付けろ葵。コイツは一緒に走ろうと誘った相手を置き去りにする奴だ」
「オマエモナー。ダッシュするならゴール前だろ常考」
「言っておくがあれは別に裏切った訳じゃなくて、体力に余裕があった気がしたから途中でペースを上げた結果ガス欠になっただけだっての」

 本音を言えば、オタクと仲良し扱いされたくなかったのも少しある。少しだけな。
 運動部連中が猛スピードでスタートする中、俺達三人は悪目立ちしない程度にまったりペースで走る。

「これでやっとスポーツテストも終わりだね」
「しかし米倉氏の握力は衝撃でしたな」
「いや、正直あれは俺もビビったわ」





『握力か……自信ないんだよな』
『去年はいくつだったの?』
『確か右22で左19だった気がする』
『貧弱乙』
『ふんっ…………っと…………は?』
『ど、どうしたの櫻君?』
『ちょまっ! 65㎏とか、あるあ……ねーよ!』
『ま、待てっ! 左でもやるから…………ふんがっ!』
『56㎏……だね……』
『ブッフォッ』





「どう見ても陶芸部です、本当にありがとうございました」
「まあ粘土練ったり釉薬混ぜたり、色々と心当たりはあるからな」
「そ、そういえば結局リンゴは砕けたの?」
「ああ、家に帰ってからやってみたけど駄目だった」

 握力60オーバーは握り潰せると聞いて試してみたものの一向にリンゴは砕けず、偶然帰ってきた妹から『お兄ちゃん、包丁って知ってる?』とアホ扱いまでされた。
 その後で動画を検索してみたら、握り潰すというよりも指をへたに食い込ませて押し潰しているものばかり。何でも正攻法で握り潰すには80㎏くらい必要らしい。

「しかし陶芸にこんな効果があるとは思わなかったな」
「平部員の米倉氏ですらこれだけの握力UPということは、部長なり副部長クラスならリンゴを砕ける可能性も微レ存?」
「「「…………」」」





『……ヨネ、部活』
『悪い。今日は休――――』

 ――ブチブチッ――

『……次はヨネがこうなる番』
『行かせていただきます』





「いやいやいやいや」
「あ、あんまり考えたくないね……」
「想像したら負けだと思ってる」

 あの外見で握力80㎏とかだったら嫌すぎる。確かに小動物みたいだとは思うけど、動物ってそういう野性的な意味じゃねーから。

「俺の握力も大概だったけど、お前の長座体前屈は今年もヤバかったな」
「えっ? アキト君、身体柔らかいの?」
「逆だ逆。あまりにも硬すぎて、マイナスという未知の記録を叩き出した」
「えぇっ?」
「フヒヒ、サーセン」

 基本の位置についた時点でギブギブ言ってた挙句、始めの合図の瞬間に身体が縮まるという奇跡。当然計測し直しだったが、それでも13㎝はクラス最低だろう。

「葵は何かなかったのか?」
「ぼ、僕はこれといって普通だったけど……」
「相生氏の上体起こしがエロかったという話を耳にしたのですがそれは」
「誰が言ってたのっ?」
「そういや身体測定で、一人だけスリーサイズを測定したって噂もあるな」
「それもないよっ? 誰から回ってきたのっ?」
「「ん」」

 前方にいるクラスメイトを二人して指さすと、葵が走りながら溜息を吐く。ぶっちゃけ他にも噂を回してそうな容疑者は、クラスの半分近くいるけどな。
 いつかそのうちガチで告白するホモが出ないことを祈りつつ、体力と共に口数が減りながらも裏切り者は出ないまま三人で完走。無事に長距離走は終了した。

「しかし体育の後の移動が一番面倒だな」

 二年になると文系理系に分かれるため、授業形態は少し変わる。
 一年の頃は芸術系科目と数A、それと稀にある生物の実験くらいしか移動することはなかったが、今はコミュ英に保健、ホームルームくらいしか教室での授業がない。

「少し時間がヤバい希ガス」
「い、急ごう」

 屋代学園はハウスと呼ばれる六つの校舎に分かれており、AハウスからFハウスまでは驚きの徒歩八分。これだけ広いなら動く歩道があっても良いくらいだ。
 月曜の三限四限は社会であり、世界史や地理を選択した連中はCハウスの三階と階段を上がるだけ。しかし俺達三人が選択した日本史はF―2の教室と妙に遠かった。

「あ、来た来た」

 移動先の教室で、見慣れた眼鏡の少女が反応する。
 下ろした髪をストレートのまま二つにまとめた、全体的に肉付きの良い少女。火水木天海(ひみずきあまみ)は何を隠そうアキトの妹であり、腐女子でもあった。
 このF―2は彼女の教室であり、火水木も俺達と一緒に日本史を受ける。一年の時とは異なり、選択系科目の大半は他ハウスの生徒と混合したクラス編成だ。

「ギリギリだったね」

 見知った顔は火水木だけじゃない。
 彼女の後ろに座っているのは、笑顔が眩しいポニーテールの少女。桜のヘアピンで前髪を留めた夢野は、俺の幼馴染(仮)であり葵が片想い中の相手でもある。
 そして座席が葵・アキト・俺と縦に並んでいる中、上手い具合に葵の左隣は夢野だった。

「う、うん。スポーツテストが長引いちゃって」
「お疲れ様。体育の後だと大変だよね」

 傍から見ていて、二人の雰囲気は悪くない。
 ボーっと眺めているのもアレなので、大人しく授業の準備をする。

「あ、やべ……アキト、ルーズリーフあるか? ノートがラストだった」
「あるあ……ねーよ」

 ガラオタのネットスラングも、その使い方は地味に新しいな。
 オタノートを広げたアキトがページを破ろうとすると、前方で夢野と葵の会話を聞いていた火水木が静かに立ち上がり俺の元へやってくる。

「アタシ持ってるから貸してあげるわよ」
「サンキュー……って、返さなきゃ駄目か?」
「んな訳ないでしょ? そういう揚げ足取る奴って多いわよね。ティッシュ貸してとか、返される側にどんな得があるのか聞きたいくらいよ」
「天海氏の使用済みティッシュと銘打てばワンチャンあるのでは?」
「成程」
「何で納得してんのよっ?」

 そんな答えを一瞬で閃くとは流石ガラオタ……略してさすガラだな。
 火水木が呆れて溜息を吐く中で先生が登場。ルーズリーフをありがたく二枚ほど貰った後で、起立・礼・着席と号令が済むなり授業が始まる。
 日本史の先生は基本的に板書を書いて説明するだけで、質問に答えさせることもない。そのためウトウトしている生徒も割と多いが、俺は真面目に受けていた。

「!」

 たまに視線が合うと、笑顔を返してくれる夢野。
 その微笑みで目が覚めるというのも理由の一つだが、勿論それだけじゃない。
 三月末にした、小さな決意。
 色々と改善すべき点の多い俺が真っ先に見直したのは、授業に対する取り組み方だった。
 何故かと聞かれれば、中学の頃の自分を思い出したからである。

「…………」

 あの頃に比べれば授業を受けているだけまともだが、数学以外の成績が平均レベルなのも事実。下がっていたハードルを少しずつ上げていくべきだろう。
 そしてできることなら………………いや、流石にそれは高望みしすぎだな。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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