十一日目(金) 得点が偏差値だった件

文字数 3,527文字

「午後も宜しくお願いします! 赤ペン先生!」
「今日は過去問を解いてもらう予定だよ」
「洗い物はお願いします! 赤点先生!」
「誰が赤点先生だ。やっといてやるから、頑張ってこい」
「わ~い! お兄ちゃんありがと~っ! ふんっ!」
「うぼぇっ! 何しやがるっ?」
「一日一万回! 感謝のせいけんづき!」
「使い方が違うだろそれっ!」

 食後のデザート感覚で定価30円の棒付き飴を咥える幼馴染を眺めつつ、二人が二階へと上がる中俺は使った食器類やフライパンを洗っておく。
 その後で部屋に戻るなり、視線の合った阿久津が指を顔の前に当てシーっというジェスチャー。どうやら県で行われている模擬試験の過去問を、時間を計って解いているらしい。

「…………」

 普段なら「う~」やら「あ~」の呻き声が聞こえるところだが、練習とはいえ本番を意識して臨むよう事前指導でもあったのか、梅はいつになく真剣な様子だ。
 一教科50分で、合間合間に休み時間が10分。休憩を迎える度にやれ解けただの、やれ難しかっただのと騒がしくはなるが、それでも普段に比べれば静かな方か。
 当然のように阿久津は黙々と勉強しているため、外の風音だけがやたらと耳に入る。台風は接近してきているのか一段と強くなっていく中で、五教科全てが終わった頃には時間も六時を迎えた。

「さて、結果発表といこうか」
「お願いします!」

 阿久津が梅の前に出した紙を、俺も横から覗きこむ。



・国→54
・数→64
・英→56
・理→67
・社→60



 …………まあ、夏前に比べれば少し成長したってところだろうか。
 全体的に良くも悪くもない点数。これといって苦手科目があるという訳ではないが、80点、90点に達するような得意科目があるという訳でもない微妙な結果だ。
 平均点が低くなりがちな数学は良いかもしれないが、恐らく他四教科の偏差値は大体40後半~50前半程度。偏差値60ちょっとの屋代にはまだまだ程遠い。

「平均偏差値は三教科がジャスト58、五教科は60.2だね」
「ん……? ちょっと待て阿久津。今偏差値って言ったか?」
「言ったけれど、どうかしたのかい?」
「えっ? まさかこれ、点数じゃなくて偏差値なのか?」
「点数の方も見るかい?」

 阿久津はそう言うと、梅が解いた答案用紙を俺の前に差し出してきた。



・国→66点
・数→68点
・英→60点
・理→83点
・社→73点



「…………」

 ちょっとどころじゃなく、以前に比べて格段に成長している結果に思わず呆然。特に理社なんて前は50~60点だったのに、一目で分かるほど点数が伸びている。

「これなら合格圏には充分届いているかな」
「いやった~っ! やっしろ♪ やっしろ♪ やっしっろ~♪」
「喜ぶにはまだ早いよ。梅君は内申の方はどうなんだい?」
「内申?」
「通知表の数字だよ」
「それは……あんまり……」
「最終的には内申や資格も係わってくるから、目標は安全圏だね。数学と理科はよくできているけれど、国語と英語、それに点の取りやすい社会はもう少し頑張れそうかな」
「え~?」
「とは言っても夏休み前に比べたら、この一ヶ月で格段に成長はしているよ」
「うわ~い! ヒュ~ヒュ~ドンドンパフパフ~っ! ちょっといい気分~♪」
「調子に乗ってると、夏明けの模擬試験で痛い目見るぞ?」
「そんなことないもん! 学年ビリのギャルだって偏差値40上がったんでしょ?」
「よそはよそ、ウチはウチだからな」

 夏休み前までは東大レベルの人間とヤンキーが一緒のクラスにいるだの、同じ試験を通過してる筈なのに四則演算すら怪しいアホだっている筈だのと漫画の話ばかり出してきたが、現実的な話を例に挙げるようになった辺りでも少しは成長したらしい。
 テンションが上がりに上がって、とうとう謎ダンスまで始める梅。何だかんだで必死に頑張ってたみたいだし、今は妹の成長を素直に喜ぶべきか。

「さてと、それじゃあボクは――――」

『――――ビュオオオオオンビュワアアアアアアア――――』

「…………」
「………………」
「風も雨も、昼より酷くなってるな……」
「ね~ね~ミナちゃん。せっかくだし、今日は泊まっていったら?」
「家はすぐそこだし、流石にそれは迷惑だろうから遠慮しておくよ」
「全然迷惑じゃないってば! 梅、よくマーちゃんとかミーちゃん呼んで御泊まり会してるし、ミナちゃんともパジャマパーティーしたいもん!」

 確かに長期休みになると、一回は梅の友達が泊まりに来てる気がする。
 俺のゲーム機を借りてワイワイするのは別に良いんだが、トイレとか行った際に偶然鉢合わせた時の気まずさと言ったら……多分あれ、部屋に戻った後で話題にしてるよな。

「お風呂はウチで入っていけばいいし、パジャマはお母さんのがあるから大丈夫!」
「何で母親をチョイスしたっ? そこは自分のか、せめて姉貴のを提供しろよっ!」
「ちゃんとお客さん用の布団だってあるし、何なら梅のベッド大きいから二人でも大丈夫だよ!」

 …………コイツの友達から、蹴落とされたって被害報告は無かったのか不安になるな。
 梅の言葉を聞いて阿久津は悩んでいる様子。別に俺の部屋で寝る訳じゃないし、俺としては泊まっても泊まらなくても大して関係なかったりする。
 ただこの風じゃ数メートルを歩くのも大変だろうし、下手したら何が飛んでくるかわからない。家が目の前とはいえ、台風の中で帰らせるというのはいただけない話だ。

「あー、もし梅の部屋で寝るのが嫌なら、姉貴の部屋も空いてるぞ?」
「いや、別に梅君の部屋で寝ることは構わないけれど……いいのかい?」
「勿論!」
「…………そういうことなら、ちょっと待っていてくれるかい? 電話して聞いてみるよ」

 昼の時同様に、阿久津は親へ電話を掛けるため携帯を片手に部屋を出る。するとまた梅が、俺に向けて猛烈にウザいドヤ顔……ドヤヤ~ンフェイスを見せてきた。

「梅、お礼はホールケーキがいいな~」
「アホか。ちゃっかりシュークリームから変わってんじゃねーか」
「ふふん。梅、もうアホじゃないもんね~」
「後で阿久津にちゃんとお礼言っておけよ。それこそシュークリームでも買うとかな」
「え…………で、でもでも、ミナちゃんならきっと「お礼なんかよりも、ボクとしては良い点を取って来てくれる方が嬉しいね」とか言いそうだもん!」
「確かに」

 その通りではあるが、俺同様に金欠であり明らかに金を払うのを渋った妹が言うと説得力に欠ける。しかしコイツ、相変わらず阿久津の真似が上手いな。

「お兄ちゃんもミナちゃんにしごいてもらったら?」
「そういう誤解を招く発言をするな」
「はえ?」

 いきなりナニを……じゃなくて、何を言い出したのかと思いきや勉強をってことか。
 梅がワクワクしながら待っている中、俺は部屋を出ると廊下で受話器に耳を当てている阿久津の前を通り過ぎてトイレに向かった。

『――――ビュワアアアアアアア――――ガガンッ――――』

 しかし本当に風が強いな。
 どうやらどこかで何かが吹き飛ばされたのか、物の倒れるような音が聞こえてくる。打ちつけるような雨の激しさを感じつつ、俺は用を足すとトイレから出た。

「――――――――駄目かな?」
「?」
「確かにそうだけれど、どうしても駄目?」

 どうやらまだ阿久津は電話中らしく、階段の上から声が聞こえてくる。
 お堅い家の阿久津家は事前に約束した宿泊ならともかく、唐突な泊まりは本来なら許されないルール。もしかしたら今回も目の前なんだし帰ってきなさいと、ある意味ごもっともな正論を言われているのかもしれない。

「今回だけ大目に見てもらえませんか?」
「…………」
「お願いします」

 きっと阿久津の親だけあって、阿久津もタジタジな論破をしているんだろう。何となくその姿を見るのも悪いと思い、俺は二階へ上がらずに階段の下で待機していた。

「久し振りに梅君と……それに櫻とも話がしたいんだ」
「!」
「…………うん。うん、大丈夫。ありがとう、お母さん」

 やがて通話を終えた少女は、梅の部屋へと戻っていったのかドアの開く音がする。家が目の前かつ親同士が親しいということもあってか、どうやら今回は奇跡的に宿泊の許可が下りたらしい。
 こうして阿久津の泊まりが決定する中、幼馴染の口から意外な言葉を聞いた俺は、大して関係ないにも拘わらず無駄にテンションが上がるのだった。
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登場人物紹介

米倉櫻《よねくらさくら》


本編主人公。一人暮らしなんてことは全くなく、家族と過ごす高校一年生。

成績も運動能力も至って普通の小心者。中学時代のあだ名は根暗。

幼馴染へ片想い中だった時に謎のコンビニ店員と出会い、少しずつ生活が変わっていく。


「お兄ちゃんは慣れない相手にちょっぴりシャイなだけで、そんなあだ名を付けられた過去は忘れました。そしてお前は今、全国約5000世帯の米倉さんを敵に回しました」

夢野蕾《ゆめのつぼみ》


コンビニで出会った際、120円の値札を付けていた謎の少女。

接客の笑顔が眩しく、透き通るような声が特徴的。


「 ――――ばいばい、米倉君――――」

阿久津水無月《あくつみなづき》


櫻の幼馴染。トレードマークは定価30円の棒付き飴。

成績優秀の文武両道で、遠慮なく物言う性格。アルカスという猫を飼っている。


「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

冬雪音穏《ふゆきねおん》


陶芸部部長。常に眠そうな目をしている無口系少女。

とにかく陶芸が好き。暑さに弱く、色々とガードが緩い。


「……最後にこれ、シッピキを使う」

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